当科では年間およそ140人程度の患者さんの入院治療を行っています。多発外傷などに対して高度救命センターで治療を受けた後のリハビリテーションや脊椎骨折などに対して保存療法を行う患者さんもいらっしゃいますが、大半は手術治療を目的として入院されます。手術数は下記グラフに示すとおり100件前後で推移しており、その内7割ほどは骨折など緊急性がある外傷手術です。特筆すべきは手術の半数近くを大腿骨近位部骨折の手術が占めていることです。
[1] 大腿骨近位部骨折
超高齢化社会を迎えたわが国では、大腿骨近位部骨折は年々著しく増加しており、近年では年間発生数はおよそ25万人とされています。この骨折は寿命に影響することが知られていますし、歩行能力の低下などによりADL(日常生活動作)に障害をきたし、寝たきりや要介護の原因となることも多い骨折です。原因としては骨粗鬆症を有する高齢者が軽微な転倒により発症することが多く、認知症などの精神疾患があると転倒しやすいことも知られているのでさらにリスクは高くなると考えられます。様々な身体疾患を持つ患者さんも多く、治療の際には肺炎などの全身合併症のリスクも高いため内科的な治療を含め厳密な全身管理を行っています。合併症リスクを軽減するためには早期手術が望まれますが精神疾患を有する患者さんの場合、受傷してから当院へ入院するまでの期間が長くなってしまうことも多く、なかなか難しい問題となっています。骨折予防としては骨粗鬆症治療も重要です。主に通院できる患者さんに対して積極的な検査や治療を行っております。
手術は骨折のタイプや患者さんの受傷前の歩行能力、認知症などの精神的な状態、手術に耐えられる体力があるか、などを考慮して方針を決めます。自分の骨で癒合して治癒が期待できる場合は骨接合術、癒合が期待できない場合は人工骨頭や人工股関節とよばれるインプラントに置換する手術を選択します。手術後は、それぞれの患者さんに応じたゴール(独歩、杖歩行、介助歩行など)を設定して1か月程度のリハビリテーションを行っていただき、目標を達成すれば退院となります。
[2] 特発性大腿骨頭壊死症
もう一つ、当院の特徴となる疾患をご紹介します。これは「非外傷性に大腿骨頭の無菌性、阻血性の壊死をきたす疾患」と定義されている股関節の疾患で、血流障害によって起こると考えられていますがその病態や治療法は確立しておらず難病に指定されています。進行すると大腿骨頭の圧潰から変形性股関節症に至り、疼痛や歩行障害から生活の質を著しく低下させます。2004年の全国疫学調査では年間発生2200人となっておりその危険因子としてステロイド投与とアルコール多飲の割合が多いことが知られています。統計上はステロイドが原因となるものが最も多いのですが、当院ではアルコール依存症の患者さんに発症していることを発見することが多く、また診断や難病申請が行われていないこともあるのでアルコールが原因の本疾患は統計より多いかもしれません。
股関節の破壊が進行してしまっている場合は人工股関節手術(THA)が必要となります。2015年度から2021年度まで当院では70股関節のTHAを行っておりそのうち18関節が特発性大腿骨頭壊死症によるものであり、そのうち17股関節がアルコール性、1関節が自己免疫性脳炎に対する治療のため投与されているステロイドによるものでした。全国的にみるとTHAが必要となる原因疾患はほとんどが変形性股関節症ですので、この割合の高さは非常に特殊であり当院の特徴と言えます。患者さんに十分に説明を行い適応があると判断すれば手術を行っていますが、術後の合併症対策も重要であり、その予防のためにはアルコール依存症の治療を並行して行う必要があります。当院では入院中に精神科の担当医がついて同時に治療を行えるので、そのような患者さんにとっては恵まれた環境があります。
股関節の痛みのためにアルコール多飲が進んでしまうような患者さんも多いのですが、治療中はしっかり断酒していただいて、治療が終わって痛みがなくなると節酒や断酒がうまくいって元気に過ごすことができるようになった患者さんも多く経験しています。この疾患は早期に発見できれば自分の股関節を残して治療ができる場合もありますので、原因不明で股関節痛が続いている方は一度受診して検査を受けられることをお勧めします。
(参考)
「精神疾患患者に合併した大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭置換術の治療成績;一公立医療機関における連続51症例の検討」老年精神医学雑誌、27(2):207-214(2016)
吉田滋之、牛田正宏、齋藤正彦
「認知症患者の大腿骨近位部骨折治療」老年医学雑誌、27(4):413-420(2016)
牛田正宏、吉田滋之