当院における股関節手術
①人工股関節全置換術(THA: Total Hip Arthroplasty)
変形性股関節症によって疼痛と下肢機能の低下がみられる患者さんに対して、当院では低侵襲アプローチによる人工股関節全置換術を行っております。患者さんの適応疾患や治療経過については、「変形性股関節症」とは、を参照ください。
当院における人工股関節全置換術の特徴です。
1, ナビゲーション:ナビゲーションのメリットを使用することにより人工股関節の角度を精度よく患者さん個々に合った状態で設置しております。ナビゲーションの利用により、脱臼は減少しています。
2, 低侵襲アプローチ:主に前方アプローチ(DAA: Direct Anterior Approach)を用いて筋肉の間を分けて関節内に侵入しております。従来の筋肉を切って関節内に侵襲する後方アプローチより侵襲が少ないことで、術後の痛みが少ないことや術後早期の機能回復が早いことがメリットです。
Implantについて:3Dシミュレーションを事前に行い、患者さん個々に最適と考えられるimplantを医師が選択します。
②関節鏡下股関節唇形成術
大腿骨頭の骨突出(Cam変形)と骨盤側の一部(寛骨臼)が衝突する大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI: Femoroacetabular impingement)により関節唇損傷(股関節唇断裂)が生じます。股関節唇損傷に対して、注射療法や体幹トレーニングによる機能回復でも疼痛が残る場合は、股関節鏡を用いて股関節唇形成術を行うことがあります。
当院における関節鏡下股関節唇形成術は以下の通りです。
1, 1 cm程度の傷を3ヵ所作成します。
2, 股関節の安定性に寄与している靭帯(関節包)をできるだけ切開せずに操作します。
(症例によりますが、関節包の切開量は2~3 cm程度)
3, 損傷した股関節唇を縫合します。
4, 大腿骨頭の骨突出(Cam変形)や寛骨臼の一部を掘削します。
5, 最後に切開した関節包を縫合します。
③寛骨臼回転骨切り術(RAO: Rotational Acetabular Osteotomy)
- 骨頭が丸くて関節のすきまが十分に残っている寛骨臼形成不全の患者さんで疼痛がすでにある場合に、寛骨臼を回して体重を支える部分を適切な位置に移動する寛骨臼回転骨切り術を行うことがあります。
当院における股関節手術の実績
THA | 股関節鏡 | RAO | |
---|---|---|---|
2022年 | 318件 (再置換術 9件) | 0件 | 1件 |
2023年 | 319件 (再置換術 21件) | 4件 | 1件 |
変形性股関節症
「変形性股関節症」とは
股関節は、大腿骨(だいたいこつ)の上端にある骨頭(こっとう)と呼ばれる球状の部分が、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)と呼ばれるソケットにはまり込むような形になっています。正常な股関節では、寛骨臼が骨頭の約4/5を包み込んでおり、このことが関節を安定させています。股関節が安定し、更に周辺の筋肉と協調することで、私たちは、脚を前後左右に自在に動かすことができます。
変形性股関節症とは股関節の形の異常や老化などが原因で関節の破壊や変形をきたす病気です。
日本人の変形性股関節症の割合は1.0~4.3%で、男性では0~2.0%、女性では2.0~7.5%と女性で高いです。
変形性股関節症の分類
- 一次性股関節症:原因が明らかではないものです(若いころの重労働や肥満が関連している可能性があります)。
- 二次性股関節症:下記のような原因に続発するものです。
最も多い原因は寛骨臼形成不全です。他の原因としては発育性股関節脱臼、大腿骨頭壊死症、関節リウマチ、などといった病気があります。
寛骨臼形成不全
寛骨臼という骨盤側のくぼみによる大腿骨頭の被り(被覆)が十分でない状態です。 痛みが強く、なかなか改善せずに続く場合は次第に軟骨が傷んでしまう可能性があります。変形性股関節症の原因の主なひとついわれています。前から初期の股関節症に対して、その進行の予防のため寛骨臼回転骨切り術(RAO)などの骨切り術が行われます。進行した重篤な変形性股関節症に対しては人工関節置換術を行うことがあります。
大腿骨頭壊死症
大腿骨頭が無菌性・阻血性の壊死に陥り破壊される難治性病変で、ステロイドやアルコール愛飲との関連が指摘されており、股関節の外傷後など起きることがあります。壊死の範囲が小さければあまり影響はありませんが、体重を支える部分の多くを占めると骨頭が潰れ(圧潰)して痛みを生じ骨の変形をきたします。治療法は壊死の範囲と関節破壊の程度や年齢が関与するので専門の医師にご相談ください。
変形性股関節症の症状
- 痛み:病初期の痛みは、太ももやお尻、太ももの付け根などに動き始めた時に出現します。病気が進むと痛みは長続きし、なにもしていない時や夜間にも痛みが出現します。
- 関節の可動域(動く範囲)の制限:股関節を前に曲げることや、外に開くことがしづらくなり、靴下履きや足の爪切りが困難になります。
- 脚の長さの差:変形した方の脚が短縮します。
- 歩行の異常:上記3つや筋力低下などにより、正常な歩行が困難となります。
変形性股関節症の検査
- レントゲン検査:股関節の病気の有無や股関節の軟骨や骨の変形の度合いがわかります。 進行具合により前股関節症、初期変形性股関節症、進行期変形性股関節症、末期変形性股関節症に分類されます。
- 他に、CT(骨の状態の詳細な把握)やMRI(軟骨などの状態の詳細な把握)なども用いられます。
変形性股関節症の診断
- レントゲン検査やCT・MRIなどを参考に医師の診察により診断します。
変形性股関節症の治療方法
- 保存療法:手術を行わずに関節機能の温存を目指すものです。
安静:痛いときは無理をせずに休むことが重要です。
杖の使用:杖を使用することにより、股関節への負担は軽減できます。自分に合った杖を使用しましょう。杖に抵抗がある場合は、傘やトレッキング用の杖でも代用可能です。
体重のコントロール:股関節には、起立時には体重の約4倍の力がかかります。股関節への負担を減らすために、体重のコントロールが有効です。標準体重は(身長-100(cm))×0.9kgです。
薬物療法:薬を使用することで、痛みを緩和し、運動療法を適切に続けられるようにすることが目的です。薬の副作用として、消化管潰瘍や腎障害があります。医師の指導のもとで、薬を使用してください。
運動療法:運動療法の目的は股関節周囲の筋肉(腸腰筋、中殿筋、ハムストリング筋群、外側広筋など)の可動域訓練や筋力強化をおこなうことによって、股関節を安定させることです。運動によって、股関節の痛みの軽減が期待されます。具体的な方法は以下の通りです。
- 手術療法
保存療法を行っても、痛みが持続し日常生活が難しい場合は手術療法が選択肢の一つとなります。
寛骨臼回転骨切り術:前股関節症・初期変形性股関節症で、骨頭が丸くて関節のすきまが十分に残っている寛骨臼形成不全の患者さんで痛みがすでにある場合に、寛骨臼を回して体重を支える部分を適切な位置に移動する手術(寛骨臼回転骨切り術、Rotational Acetabular Osteotomy:RAO)を行うことがあります。この手術の目的は股関節症の進行を予防することですが、詳しくは専門の医師にご相談ください。
人工股関節全置換術:進行期・末期の変形性股関節症の患者さん場合は、人工股関節全置換術が適応となります。破壊された股関節を特殊な金属やセラミックスや超高分子ポリエチレンなどで造られたインプラントで置換する手術です。CTをもとにコンピュータシミュレーションによる術前計画や実物大立体臓器モデルを用いた手術支援を行っています。当科では後側方アプローチや仰臥位前方アプローチなどの手法は患者さんごとに適した方法を採用しています。入院は基本的には手術前日で、リハビリテーションは術翌日から歩行訓練を中心に開始し、約2週間で自宅退院を目指します。早い人では1週間で自宅の退院も可能です。一人暮らしや遠方の患者さんには回復期リハビリテーション病院でのリハビリテーションをお勧めしています。
手術療法では割合は少ないですが、手術前後や術後に合併症(感染、脱臼、血栓症など)が発生することがあります。脱臼とは手術した人工股関節がはずれることで、はずれやすい姿勢がありますが、個人差があります。費用については、保険や収入によって異なります。詳しくは専門の医師に相談してください。
以下では当院で最も多い人工股関節全置換術の治療について解説します。
人工股関節全置換術の治療計画/スケジュール
1 手術前の生活について
- 痛みの程度や検査の結果を踏まえ、外来主治医と共に、手術の日程を決めていきます。
その間も痛みの調整をしながら、運動療法を続けましょう。 - 手術の日程が決まりましたら、手術に向けての準備をしていきます。
入院サポートセンターを受診し、手術や入院についての説明や検査等を受けます。
規則正しい生活を心がけ、体調を整えましょう。喫煙されている方は、禁煙しましょう。 - 入院後に病棟看護師が手術の準備を一緒に行います。不安や疑問についてはいつでもお答えします。
病院内は滑りやすい場所もあります。歩きやすい靴の準備をお願いします。
入院前 | 入院日 | |
---|---|---|
治療 | 外来での医師の診察を経て、患者さんと相談のもと、手術日が決まります。 手術について説明をします。 | 既往症など必要に応じて早めに入院して全身状態の調整をすることがあります。 |
処置 | 医師が手術をする側の足にマークをつけます。 | |
検査 | 手術に備え、血液検査、尿検査、レントゲン、CT、MRI、心電図、呼吸機能検査等の検査があります。 | 必要時に応じ、検査を行います。 |
安静度・リハビリテーション | 転倒などに注意しながら、運動療法を続けましょう。 | 歩行状態に合わせ、お手伝いを致します。転倒のないように過ごしましょう。 手術後の訓練に向け、リハビリテーション科医師の診察があります。 |
食事 | 手術のための制限はありません。 | 食物アレルギーの確認後、個人に合わせた食事が提供されます。 手術前日の夕食後から制限があります。 |
清潔 | 入浴などで、身体の清潔を保ちましょう。 入院前に手足の爪を切りましょう。 マニキュアやネイルは落としましょう。 | シャワーで全身を清潔にします。 |
排泄 | 必要に応じて、便の処置を行います。 | |
患者さん・ご家族への説明 | 入院サポートセンター等で手術や入院生活について説明します。 1 麻酔科医より手術時の麻酔について 2 手術室看護師より手術に向けて 3 薬剤師より内服薬について 4 看護師より入院の必要物品等について | 術後の脱臼予防のための説明をします。 車椅子や杖の練習など手術後がイメージできるように説明します。 |
その他 | 入院後に必要物品の確認をします。 外来で渡された手術や麻酔、リハビリテーションなどの同意書が入ったファイルを看護師と確認します。 |
2 手術日の流れ
- 手術前はどなたも不安が多いものです。心配なことがあれば、いつでも看護師をお呼びください。
- 手術後は創や身体が動かせないことにより強い痛みが生じることがあります。痛みが辛い時には我慢をせずにナースコールでお知らせください。
手術前 | 手術後 | |
---|---|---|
治療 | 指定された薬のみ内服します。 点滴を開始します。 | 抗生物質や痛み止めなどの点滴をします。 |
処置 | 点滴の針を刺します。 | 手術後はしばらく酸素マスクをつけます。 |
検査 | レントゲンや血液検査などを行います。 | |
安静度・リハビリテーション | 手術後はベッドで横になったまま過ごします。身体の向きを変えるときは、看護師がお手伝いします。 血栓予防のために、足に器械をつけます。 ご自身でも足首の曲げ伸ばし運動をしましょう。 | |
食事 | 食事を取ることはできません。 水分も制限があります。 | |
清潔 | 前開きのパジャマに着替えます。 | |
排泄 | 手術室から尿の管が入ってきます。 | |
患者さん・ご家族への説明 | 手術時間になったら、手術室までご家族と移動します。 ご家族は手術室の隣にある待ち合わせコーナーでお待ちください。 | 手術の経過や今後の治療について、医師より説明します。 |
その他 | やけどの危険があるため、手術室に入る前に、指輪、ピアス、ネックレス、ヘアピン、入れ歯やシップなどを外します。 | 痛みや体調不良があれば直ぐにお知らせください。 心配なことがあれば、遠慮せずにナースコールで看護師を呼んでください。 |
3 手術後の入院生活について
- 手術後は、医師の診察、血液検査やレントゲン検査を状態に応じ行っていきます。
- 手術後は、寝て過ごす時間をできるだけ少なくするために、手術翌日にはベッドを離れて車椅子に乗り、リハビリテーションを開始します。リハビリテーションに関しては、担当の理学療法士が中心となり、医師、看護師と情報を共有しながら進めていきます。
- ベッドから車椅子、車椅子からトイレへの移乗方法、歩行器や杖を使用した歩行練習を行います。
- 日常生活でお手伝いが必要なことは看護師や看護助手が支援します。お困りのことがあればいつでもご相談ください。
手術後1日目 | 手術後2日目 | |
---|---|---|
治療 | 点滴を継続します。 痛み止めの内服薬が始まります。 | |
処置 | ||
検査 | 必要に応じ、レントゲンや血液検査を行います。 | |
安静度・リハビリテーション | 車椅子に移乗します。移乗時は看護師がお手伝いをします。 血栓予防のために、足首の曲げ伸ばし運動をしましょう。 | 回復の程度に応じてリハビリ室や病棟内で歩行練習を開始します。 |
食事 | 朝食から食事を再開します。 無理のない範囲で食べましょう。 | 食事摂取で体力の維持に努めましょう。 |
清潔 | 身体を拭いて、パジャマに着替えます。 | 必要に応じて、清拭や着替え、洗髪をお手伝いします。 |
排泄 | 尿の管が入っています。状態に応じて抜去時期を検討します。便は車椅子でトイレに行きます。 | |
患者さん・ご家族への説明 | 手術に伴う合併症を予防するためにも、頑張って動いていきます。気分不快や痛みがあればすぐにお知らせください。 | 痛み止めなどで調整しながら、リハビリテーションを効果的に行いましょう。 |
4 退院に向けて
- 当院は急性期医療および高度専門医療を中心に行っています。手術を行い、創や全身の状態が落ち着くまでの術後約2週間での退院を目指します。
- 当院でのリハビリテーションの目標は、歩行や階段昇降がある程度自立することとしています。
直ぐには、仕事や家事への復帰は難しいこともあります。自宅での生活に向け、活動レベルを向上させるには回復期リハビリテーション病院への転院もできます。退院後の生活についても、入院前にご家族で相談しておきましょう。
手術後3日目以降 | 退院について | |
---|---|---|
治療 | 術後2週間での退院を目指します。 早期退院や入院期間の延長、転院を検討する場合もあります。 | |
処置 | 必要に応じ、創部の確認を行います。 | |
検査 | 必要に応じ、レントゲンや血液検査を行います。 | |
安静度・リハビリテーション | 手術後1週間を過ぎたら、車椅子の使用回数を減らし、歩行器や杖で歩く練習をしましょう。 最初は、転倒などの危険がありますので、必ず看護師や理学療法士と行いましょう。 | 入院中でのリハビリは室内の歩行がある程度自立することを目標としています。 |
食事 | ||
清潔 | 創の状態が良ければシャワーを浴びることができます。 | 退院後も、シャワーで全身の清潔を保ちましょう。 |
排泄 | 排泄はトイレに行きます。トイレ動作の指導をします。 | |
患者さん・ご家族への説明 | 退院に向けて、日常生活に介助が必要な場合はその方法を患者さんやご家族に説明します。 |
人工股関節全置換術の入院中のリハビリテーションについて
術後のリハビリテーションは、概ね、以下の図に示す通りに進められます。
注意1:上図のリハビリテーションの流れは、目安であり、変形性股関節症の重症度や元々の日常生活活動度あるいは術後の経過によっては、個人差があります。
注意2:退院後の生活状況によっては、リハビリの継続が必要な場合があり、リハビリテーションを専門とする病院に転院することもあります。
- 初回離床とは?
原則的に、術後翌日から看護師の協力で、起き上がり、ベッドから車椅子への乗り移りを行います。早い時期から離床をすすめることで、「関節が硬くなる」、「筋力が弱くなる」、「全身の体力が低下する」、「意識がボンヤリする」などの廃用症候群といわれる症状が発生するのを防止し、その後のリハビリテーションをスムーズに進めることが出来ます。 - 関節可動域訓練の目的は?
一般に変形性股関節症は、下肢の関節、特に股関節の動きに制限があることが多く、術後も同様の制限を残す場合があります。手術翌日より、主に筋肉や皮膚、靭帯等の伸張や柔軟性の向上を図るために、理学療法士が下肢の関節を動かしたり、患者さん自身で動かす体操を指導したりします。 - 筋力増強訓練の目的は?
関節可動域の制限と同様に、変形性股関節症では、股関節を曲げる、伸ばす、外に開く等の筋力が低下していることが多く、さらに、手術で筋肉や皮膚、骨の一部を切ったことによって一時的な筋力低下をきたすことがあります。最初は理学療法士が下肢を介助して動かす運動から始め、次に自分で動かす運動、そして重りを用いた運動と、段階的に筋力増強を進めていきます。 - 起居訓練とは?
関節可動域や筋力の改善を図りつつ、日常生活の基礎となる動作、例えば、寝返り、起き上がり、立ち上がり等の基本動作を繰り返し行います。その際、術式によって、脱臼の危険性を伴う動きが異なります。その注意点の指導を含めて、訓練を行います。進め方としては、ベッド上での起き上がり動作やつかまり立ち上がり、車椅子移乗から開始します。
注意:脱臼については、個別性もありますので、主治医や看護師、理学療法士の指導を必ず受けて下さい - 歩行訓練の進め方は?
平行棒内歩行から開始し、個々の能力に応じて、歩行器歩行、杖歩行と徐々に移行し、場合によっては独り歩きの獲得を目指します。
- 応用動作訓練
日常生活の活動は、個人の習慣や生活様式、家族・家屋環境によって様々です。出来る限り、個々が必要とする具体的な生活動作に近い動作訓練を行います。例としては、和式の生活を想定した畳や布団からの起き上がり、立ち上がり動作等があげられます。