2018年3月29日 大腸外科
投稿者:駒込病院大腸外科 中野大輔 (大腸外科のページ)
ある日突然,『あなたは大腸がん(直腸がん・結腸がん)です。手術で病気を取り除かなければ大変なことになる。』と担当医から告げられたら,気が動転し,頭の中が真っ白になるでしょう。
- どんな治療になるの?
- 人工肛門って何?
- 仕事はどうなるの?
など,がんの告知を受けた患者さんは大抵,その場で担当医に質問できずに帰宅されます。家に帰って冷静になると,わからないことや不安がいっぱい出てきます。中には,ご自分の病名をご家族に伝えられないほど動転してしまう方もおられます。焦らず,じっくりご自身の病気と向き合ってください。1日でも早く治療することも大事ですが,ご自身の病状について十分理解しているかどうか,治療法について選択肢を含め担当医からしっかり説明を受け,納得したかどうかが,がんの治療を進める上で最も重要と考えます。
これから,大腸がんと告知された患者さんのよくある疑問や不安について,Q&A形式で解説していきます。
目次
- Q1. 症状も無いのに,すぐに手術が必要と言われましたがどうして?
- Q2. 全周性の病気ってどういう意味?
- Q3. 癌が隣の臓器に浸潤(しんじゅん)していると言われました,浸潤ってどういう意味?
- Q4. がんがリンパ節に転移(てんい)しているといわれましたが,手遅れなの?
- Q5. 大腸がんの手術は開腹?それとも腹腔鏡?
- Q6. 人工肛門(ストーマ)とは?
- ストーマの種類
- Q7. 一時的人工肛門とは?
- Q8. 手術まで気をつけるべき事はありますか?あ
- Q9. 大腸がんの治療をしながら仕事は続けられますか?
- Q10. 大腸がん手術の合併症について教えてください。
- 執筆者紹介
Q1. 症状も無いのに,すぐに手術が必要と言われましたがどうして?
早期の段階では自覚症状が無いことがほとんどですが,大腸のどの部位にがんができたかによって,かなり進行した状態でも症状が無いこともあります。一般的には大腸の上流(右側大腸と言います:盲腸,上行結腸,横行結腸)になるほど症状が出にくいと言われています。
大腸がんの症状
大腸がんの症状の多くは,病気が大きくなり腸管の内側に突出することにより生じます。突出した病気によって,中を通る便と病気が接触し出血したり(血便,下血),腸管の内側が狭くなって便が通りにくくなります(下痢と便秘の繰り返し,便が細い,残便感,お腹が張る)。右側大腸では中を通る便が液体から泥状なため,かなり進行した状況になるまで症状がでないこともあります。
Q2. 全周性の病気ってどういう意味?
腸管を輪切りにした時に,がんが全体を覆っている状態を全周性といいます。半分を覆っていれば半周性,1/3なら1/3周性といいます。
Q3. 癌が隣の臓器に浸潤(しんじゅん)していると言われました,浸潤ってどういう意味?
がんは腸管の中に突出していくと同時に,腸の壁の奥に染み込んでいき,これを浸潤といいます。がんはさらに進行すると腸の壁から外に出て,腸の壁の外側の臓器(腹壁,小腸,膀胱,前立腺,子宮,膣など)に浸潤します。これを他臓器浸潤といいます。手術では浸潤した他臓器を積極的に合併切除することで,根治切除が期待できます。
深達度
がんが壁の中に浸潤している程度(深さ)を表すのに,深達度という言葉を使います。がんは腸管の一番内側の粘膜層(M)から発生し,進行するにつれて粘膜下層(SM)→固有筋層(MP)→漿膜下層(SS)→漿膜外(SE)→他臓器(SI)に浸潤していきます。深達度は,がんのステージを決定する重要な要素であるため,術前に行う検査はとても重要となります。
Q4. がんがリンパ節に転移(てんい)しているといわれましたが,手遅れなの?
リンパ節とは,体内に侵入あるいは発生したよそ者(細菌や,がん細胞)が,血液に流れ込んで全身に散らばる前に食い止める,関所のような働きをする器官です。大腸に発生したがん細胞は,リンパ管という道を通って大腸から遠くに移動しようとしますが,道の途中にある関所(リンパ節)で足止めをくらい,しょうがなく関所(リンパ節)で仲間を増やします(増殖)。これをリンパ節転移といいます。大腸がんの手術では,がんのある腸管を切除すると同時にリンパ節も切除(リンパ節郭清)するので,リンパ節転移があっても根治切除が可能なケースがほとんどです。
Q5. 大腸がんの手術は開腹?それとも腹腔鏡?
大腸がんは完全にがんを取り除けば治癒する可能性が高くなります。腹腔鏡手術が可能かどうかは,開腹手術歴の有無・併存疾患の状況・がんの場所・進行の程度・執刀医の技量などを考慮して決定すべきと考えます。開腹手術,腹腔鏡手術のどちらがご自身の病状に適しているのか担当医から十分に説明を受け,メリット・デメリットを理解した上で手術を受けることをおすすめします。
駒込病院では症例毎にチームで検討し治療方法を決定しており,現在約95%の患者さんが腹腔鏡手術を受けられています。
さらに,2017年3月に『ダ・ヴィンチXi』を導入し,直腸がん手術においてさらに精度の高い手術を実行し,肛門温存,排尿・性機能温存,さらにはがん治療の根治性向上が期待されています。
Q6. 人工肛門(ストーマ)とは?
人工肛門(ストーマ)とは,手術によってお腹につくられた便の排泄の出口のことです。なにか特殊な機械を使うのではなく,自分の腸を体の外に出して,そこに袋(パウチ)をつけて便の排泄管理を行います。
ストーマの種類
Q7. 一時的人工肛門とは?
一時的人工肛門は,大腸切除(特に直腸切除)術と同時に腸管吻合部の上流の腸管(回腸や横行結腸)に造設され,吻合部に便が流れないようにするための便の出口です。術後縫合不全(吻合部から便や腸液が体内に漏れる)が発生した時に,再手術として造られることもあります。一時的人工肛門は,術後3ヶ月以降,吻合部に問題がないことを確認した後に閉鎖され,ご自身の肛門から排便できるようになります。
Q8. 手術まで気をつけるべき事はありますか?
手術までに行う準備として,心と体の準備をしましょう。
心の準備
初めての手術であれば不安があって当然です。不安軽減するためには,自分の病気や治療の正しい情報を収集することが大事です。主治医とのコミュニケーションを大事にすることが,正しい情報を得るための近道です。また,ご家族と病気についてインターネットで調べたり,お話しすることも大切です。口に出して話すこと,共感してもらうことで軽減される不安もあります。
体の準備
手術の際には周術期合併症といって,呼吸器合併症(肺炎)や感染症(傷が化膿・縫合不全)が起こる可能性があります。呼吸器合併症を予防するために,禁煙をしたり運動して深呼吸をするようにしましょう。
すでに肺の病気をお持ちの方は特別な呼吸訓練器具を用いた呼吸訓練も有効です。感染症を予防するためには,入浴や歯磨きで体や口の中を清潔に保ちましょう。
栄養
消化器(胃や大腸)がんの患者さんは,すでに栄養状態が悪い可能性があります。栄養状態が悪いと,様々な合併症のリスクが高くなると言われており,術前から栄養療法を行う事が大切です。
駒込病院では,
- 栄養士による術前・入院中・術後の個別栄養指導
- 歯科口腔外科での周術期口腔ケア
- 看護師による呼吸訓練指導
を必要に応じて行っており,患者さん・ご家族と一緒に合併症予防に努めています。
Q9. 大腸がんの治療をしながら仕事は続けられますか?
もちろん大腸がんの治療をしながらお仕事を続けられます。しかし,病状や治療方法によってはお仕事を休む必要がでてくるのも事実です。まず治療スケジュールについて主治医に確認しましょう。スケジュールについて確認ができたら,職場の病気による休職や休暇の制度について人事部に相談しましょう。有給休暇を使って治療される患者様もおられます。がん・感染症センター都立駒込病院における,一般的な大腸がん手術の入院から退院後の流れをお示しします。
Q10. 大腸がん手術の合併症について教えてください。
大腸がんの治療前後にはさまざまな問題(周術期合併症)が起こる可能性があります。術前から術中,術後にわけて説明します。
術前
術前準備としての前処置(2Lの下剤内服)による腹痛や嘔気(5%以上),重大な合併症として虚血性腸炎や腸管穿孔が稀(頻度不明)に起こります。その他体内の電解質(ナトリウム・クロール・カリウム・マグネシウムなど)バランスに異常をきたし,意識障害や痙攣を起こす可能性(頻度不明)もあります。
駒込病院での対策
まず,結腸がん手術では,前処置をほとんどの患者さんで行っていません。直腸がん手術では,後述する縫合不全を予防するため前処置が必要です。しかし,がんによる狭窄症状(排便がない,排便時に腹痛がある)が疑われる場合は,手術数日前から入院し,より安全な方法で準備を行います。
術中
手術をするためには全身麻酔(口から気管にチューブを挿入し,麻酔薬を投与しながら人工呼吸器管理をする)が必要です。麻酔により心臓や肺,肝臓や腎臓に負担がかかり全身状態に問題をきたす可能性があります。また,手術操作により起こる問題として,出血や臓器損傷(大腸がんでは尿管や膀胱,腸管損傷)があります。
駒込病院での対策
全身麻酔に耐えられるかどうかを術前検査でしらべ,必要があれば麻酔科受診や呼吸訓練を行っています。手術操作による偶発症はゼロにはできませんが,麻酔担当医や関連各科との連携,手術室看護師との協力で安全かつ精緻な手術を行っています。『全ての患者さんに最新かつ安全,最高の医療を』が我がチームのモットーです。
術後
縫合不全
腸と腸のつなぎ目がうまく繋がらず,腸液が腸管からお腹の中に漏れ出ることがあります。病気の場所によって頻度は異なりますが,直腸がん手術では5〜10%程度と言われています。縫合不全により腸液がお腹の中にひろがるとひどい腹痛と発熱をきたし命の危険があるため,再手術(腹腔内洗浄)をして一時的人工肛門をつくります。急性腎不全により一時的な人工透析が必要となるケースもあり,入院期間は1ヶ月を超えることもあります。
駒込病院での対策
縫合不全を予防するために,吻合部をさらに縫って補強し,吻合部にかかる便による圧力を逃すために肛門からチューブを入れます。
腸閉塞
術後は小腸の動きが悪くなり,長く続くと麻痺性腸閉塞といわれ10日以上続くこともあります。腸の動きが回復するのを待ち,時には腸管の動きを刺激する薬剤を投与することが治療となります。また,まれにお腹のなかに手術で生じた隙間や穴に腸がはまり込んで,機械的腸閉塞となることもあります。この場合は再手術による腸閉塞の解除が必要となります。腸がねじれて腸管壊死を疑う場合は,緊急手術で腸管切除が必要となることもあります。
駒込病院での対策
小腸の動きが悪くなる原因として,術前後の絶食期間が長いことが挙げられます。当科では術前の絶食を極力廃止し,術翌日からの濃厚流動ドリンクの経口摂取,2日目からの一般食開始によって,麻痺性腸閉塞を予防しています。また,腸が隙間や穴にはまり込まないように,穴を手術の際に塞いだり腸を綺麗にならべたりして機械的腸閉塞を予防するよう工夫しています。
感染
大腸には無数の細菌が存在しており,手術操作でお腹のなかや傷口を汚染すると,術後お腹の中に膿が溜まったり傷口が赤く腫れ上がったりします。お腹の中の膿(腹腔内膿瘍)は,ドレナージ(チューブを挿入して膿を排出すること)が必要になることもあります。傷口の感染(創感染)も,皮膚を縫った糸を外して皮下の膿をドレナージする必要がありますが,創感染はシャワー浴で傷口を清潔に保つことで治癒するため,ご自宅で治療継続することになります。
駒込病院での対策
手術操作での便汚染を最小限にし,手術終盤には全ての器械や患者さんを覆う布,術者の手袋を新しいもの(閉創セット)に交換し,無菌状態に限りなく近づけて創を閉じています。また,感染管理対策チームによる病棟回診の監視により,病棟での創汚染を最小限に留めています。
執筆者紹介
中野 大輔(なかの だいすけ)
大腸外科医
がん・感染症センター都立駒込病院 大腸外科 医員
ヴィアトール学園洛星中・高等学校卒業後,大阪医科大学卒業,2002年都立駒込病院の研修医となる。2008年より現職として11年勤務。腹腔鏡下大腸手術・大腸がん化学療法で経験多数。
資格:日本外科学会専門医,日本消化器外科学会専門医,内視鏡外科技術認定医
趣味:読書,アコースティックギター,バスケットボール,スキー
関連する記事
大腸がん肝転移の診断と治療について
(2018年2月7日 投稿者:外科部長 山口達郎)
目次 1. 1.大腸がん肝転移の割合2. 2.大腸がん肝転移の診断と治療のために必要な検査2.1. 採血2.1.1. 肝機[…]