2018年1月10日 放射線科(治療部)
投稿者:放射線科(治療部) 診療科のページへ
外科や内科などの診療部門と比べると、一般の方の間での放射線治療への認知度はとても低いと思います。実際、放射線治療を専門とする医師は国内に2000人程度と数が少ないので、実際に会ったり話を聞いたりしたことがある方はとても少ないでしょう。
しかし、国内では毎年100万人ががんに罹患する時代です。人生のどこかでご自身やご家族が放射線治療をうけることがあるかもしれません。そんなときにお役にたてるよう放射線治療へのご理解が少しでも深まればと思い、放射線治療専門医の仕事ぶりをコラムで紹介いたします。医療従事者の方にご覧いただいても興味を持っていただける内容だと思います。
目次
放射線治療部門へようこそ
どんな診療部門?
治療が始まる前に説明を受けに来る方、治療が診療中の方、治療が終わった後で経過観察を受けに来る方などが診察や治療を受けるために、放射線治療部門には毎日多くの患者さんが受診されます。
まず放射線治療を簡単に説明させていただきます。1895年にX線が発見されて間もない時期から、がんに連日少しずつ放射線を照射すると腫瘍細胞がダメージを受けて縮小、死滅する現象が知られるようになりました。以降がんのひとつの治療法として発展してきました。
治療の目的別に分類すると、手術に代わる「根治治療」、手術後の再発リスクを下げる「術後予防治療」、がんの症状を改善するための「緩和照射」などがあります。それぞれのがんの種類によって使いどころは異なりますが、放射線治療は大部分の種類のがんの治療において手術、薬物療法(抗がん剤治療)とならんで主要な役割を果たしています。全身のすべての臓器の「がん」患者さんが受診する可能性のある部門です。
どの病院にもある?
放射線治療はがん診療では欠かせない一つの要素ですが、設備も大掛かりなのですべての病院にあるわけではありません。日本で放射線治療を行っている病院、診療所はおよそ800施設で全国の市の数(791)と同じぐらいです。国内の病院(診療所、クリニックは含まず)の数が約8500ですので、病院が10あればそのうちの1つで放射線治療を行っている計算になります。また、厚生労働省が指定するがん診療連携拠点病院では放射線治療を実施していることが必要とされています。
放射線治療を専門とする医師の呼び方は?どんな人が働いているの?
放射線治療を専門とする医師の呼称は様々です。「放射線科医」とも、「放射線治療医」とも呼ばれます。日本放射線腫瘍学会では「放射線腫瘍医」を正式用語としています。これは英語圏での名称”Radiation oncologist”のを忠実に訳したものと思われます。日本放射線腫瘍学会認定の専門医の名称は「放射線治療専門医」です。放射線治療を行う医師には、専門医の資格を持っている人も、これからの人もいますが、本稿では便宜的にその名称を使用しています。放射線治療の専門医になるためには、他の科の医師と同じように、医学部を卒業して2年間の初期研修を行います。3年目以降は放射線治療を中心とする放射線医学領域で5年間研修をして、最短で医歴8年目の年に専門医試験の受験資格を得られます。
もちろん、医師だけで放射線治療を実施しているわけではありません。治療計画をもとに、放射線治療の機器を操作して治療を行う「診療放射線技師」、放射線の線量計算や精度の検証を担当する「医学物理士」、治療中の患者さんの療養上のケアをしてくれる「(がん放射線療法認定)看護師」など多くのスタッフが働いています。
よくある誤解
医療従事者との会話でも多いのですが、「がんの放射線治療をやっています」というと、「がん」のところをとらえて、「PETの読影ですね」と言われたり、「放射線」のところをとらえて、「レントゲンとかCTの読影 (画像診断医の主な業務) ですね」といわれたり、「治療」のところをとらえて、「アンギオ(血管内治療、IVR: Interventional radiologyの一分野)をやってるんですね」といわれたりで、なかなか仕事の詳細を知っている人には出会いません。それぞれ放射線医学の重要な分野なのですが、それらと比べると、がんを専門にしない医療従事者の間ではまだまだ放射線治療の認知度は低いと痛感しています。
放射線治療専門医の仕事のコアとなる部分
紹介された患者さんの病状を把握して、適切な方針を決定する
放射線治療の外来をやっていると、いろいろな臓器のがんの患者さんが受診されますが、それぞれの疾患に十分な知識を持っていることが大前提です。
たとえば、乳がんの手術後の患者さんの放射線治療について考えるのに、乳がんの全体像を知らないわけにはいきません。新しい患者さんが受診されるたびに病歴の確認、画像所見、手術の結果、病理所見などを確認して手術を担当した主治医の先生と十分に情報共有をして方針を決めていきます。乳がんでは膨大なデータの蓄積があり、それに照らして最大限の治療成績が出せるよう、患者さんごとに細分化された標準的な治療の樹形図が用意されています。文献を読み解き、正しく解釈できるようになるためのトレーニングもしています。
乳腺外科の先生とも基本的にはその知識を前提にディスカッションを行い、もちろんそれぞれの患者さんの個別の状況や治療選択の希望も方針に反映させて治療をお勧めしてきます。当院では最近3年間でも治療範囲、治療の回数、再建手術や全身療法との併用方針など多くの点で議論を行い、少しずつ治療方法を改善させてきました。
このように乳がんの治療一つをとっても数えきれないぐらいのパターンがあります。ほかのがんの診療で必要があれば、婦人科診察(内診)をしたり、耳鼻科で使用する咽頭、喉頭ファイバーで病変を観察したり、放射線治療のトレーニング中には様々な手技を経験します。頭から足まですべての臓器の「がん」が対象ですので、診療に必要な知識を維持していくのは大変な作業です。
患者さんへの説明
放射線治療は効果も副作用もある治療です。うまくいかなかったとしてもやり直しはききません。そのため患者さんへの説明をとても大切にしています。ほとんどの方にとっては初めての治療ですし、放射線になじみがない方も多いので、できるだけ難しい用語をつかわず実際の治療のイメージがつかめるような説明を心掛けています。
ゆっくり説明したつもりでも、「難しかったからお任せします」といわれることもしばしばです。そのようなときには「なぜ放射線治療を行うのか、(治療の目的)」と「代表的な副作用」だけでも、ぜひ覚えていってくださいねと説明しています。
放射線治療計画~治療範囲、治療の強さなどを決める
ここも他の人に任せるわけにはいかない重要な部分の一つです。放射線治療の計画はよく外科手術にたとえられます。(腫瘍の進展が予想される)ここからここまでは治療して、この臓器は避けないと副作用が出るなどといった感じです。この作業でできるのが放射線治療計画です。昔は単純な範囲設定しかできなかったのが、最近では自由自在に近い精密な治療ができるようになりました。その分治療計画には神経を使い、治療計画1件当たりではより多くの時間がかかるようになっています。
従来の方法 | 最近の方法 (定位照射の例) |
レントゲンフィルムに治療範囲を描くだけのシンプルな治療計画です。 | 治療したい部位と、避けたい部位を厳密に区別して治療計画を行います。 |
放射線治療は基本的に治療する範囲にのみ効果が出ます。ここを治療範囲に含めないと再発して困ったことになるとか、ここに治療をすると副作用が出る可能性が高いとか。本やマニュアルを見るだけではわからないようなこともあります。副作用が予想されるなど、場合によっては妥協が必要な場合もあります。このようなことを考える責任を放射線治療専門医が一義的に担っており、腕の見せ所でもあります。
患者さんの治療が順調に行われているか経過観察する
治療が始まった後は、順調にいけば計画通り進行します。そのために週に1回は放射線治療専門医が診察を行って、患者さんの状況を確認します。
副作用が起こった場合もできるだけ予定通りの治療を行うために補助療法を行うのも大事な仕事の一つです。この部分でもがん放射線療法認定看護師や他の科の医師、医療スタッフの大きなサポートをうけています。
放射線治療終了後もできるだけ経過観察の外来を受診していただいています。放射線治療に特有の副作用もあり、治療の効果が判定できるようになるまで時間がかかることもあるためです。
各科医師と熱い議論になることも
患者さんを紹介してくれる各科の先生とのコミュニケーションはとても大切で、日常的にカンファランスを行って、情報共有をしています。ところが、一人の患者さんを診察しても、病状の認識や、論文などに報告されたデータの解釈が異なり、治療方針の選択で主治医の先生と意見が分かれることもあります。
そのような場合心掛けているのは、まず、検査結果等の情報収集をしたり、主治医に質問をしたりしてできるだけその病態の理解を深め、問題点をクリアにします。さらに、文献にあたりデータを確認し、カンファランスで議論します。そして最終的には患者さん、主治医と十分に話し合い、三者が十分に納得してから治療を始めることです。
毎回の治療選択では、なぜそうしたのかを論理的に説明できるようにと心掛けています。現在勤めている施設ではこれらのことに十分時間をかけ、納得感のある治療選択ができていると感じています。とても重要なプロセスですので、これからも大切にしていきたいことです。
その他のしごと
画像診断もしているんですか?という質問もよくあります。画像診断というのは主にCTやMRIなどの画像を、放射線診断の医師が専門的に分析して読影レポートを作成して、各科の医師に対して画像上の診断の助言をする業務です。もともと、画像診断と放射線治療は多くの大学で一つの講座に同居してきました。現在でも大学卒業後の5年目までの過程までは双方を勉強するような専門医制度の設計となっています。そのため一人の放射線科医師が両方の業務に携わっているという施設もまだあります。
当科で画像診断を行っているかといえば答えはNoであり、Yesもあります。当院では画像診断部門と、放射線治療部門が独立しています。最近ではそれぞれの専門性が高まり、両者のかけもちは難しくなっています。専門医の制度上も、「画像診断」と「放射線治療」の両方の専門医を取得することは認められておらず、どちらを専門にするか選択を迫られています。
Yesの部分ですが、がん治療を行うためには日常的に、画像をみて診断をつけ(がんか、がんではないかの存在診断、がんである場合は進展範囲がどこまでかの範囲の診断、など)、治療計画も画像上で行います。そのため画像のことをよくわかっていないと仕事になりません。画像診断医の医師のレベルに追い付くのは難しいですが、各領域の画像のことをよく理解して、議論ができるようトレーニングに努めています。
放射線治療専門医の中には、自ら抗がん剤治療も行う、がんの診断と経過観察のための内視鏡を行うなど、幅広い診療行為を行うところもあるようです。がん診療のジェネラリストとしての気概を感じます。
当院では、それぞれの分野の専門性が高まっていることもあり、抗がん剤も、内視鏡も専門の部門に委ねています。大変な部分を担っていただいている先生方には頭が上がりません。
そのような検査や治療に直接関わらないとしても各科の診療についてできるだけ理解を深めて、知識を維持しておきたいという気持ちは変わりません。
放射線治療を専門として良かったと思うこと
お勧めした治療の選択がうまくいったとき
放射線治療をやってよかったという感想を持たれる患者さんには、毎週のように出会います。良かったと感じていただける理由にも、「病気が縮小した画像をみて良かった」、「痛みがよくなってうれしい」、「思ったより体の負担が少なかった」などそれぞれあります。
根治的治療にしても、症状緩和治療にしても、お手本通りにやってもうまくいくときと、そうでないときがあります。一般的にいわれている成績と同等ないし、上回る成績が出せるかについては気になりますし、責任を感じています。
治療を受ける皆様の治療がうまくいくわけではないと知りつつも、治療の効果を確認する検査で思ったように効果が出た時、がんによる症状があった患者さんが治療によって元気になった時には、患者さん同様に私たちもうれしいものです。
方針についてじっくり対話して満足頂いたとき
毎回の診察でゆっくり話をする時間を取れるわけではありませんが、とくに最初の診察では経過や患者さんのご希望などをできるだけ丁寧に確認するよう心がけています。
中でも、治療をするか、しないかの選択をするときは、特に慎重に説明するようにしています。放射線治療をお勧めするのは、治療によって「期待される利益>予想される副作用などのデメリット」となる時です。それが成り立たないときには治療を行わないという判断をすることがあります。次の治療として期待を抱いて受診される方も多いところ、治療はやめておきましょうというと最初はがっかりされる方もいらっしゃいます。それでもお勧めでない理由や代わりの方法をじっくり説明すると、最終的には話を聞けてよかったとおっしゃっていただけることもあります。
がんによる症状があって、放射線治療部を受診される方もいらっしゃいます。症状をよくするための(症状緩和)治療も重要な業務のひとつです。それまで何らかの症状でお困りだったがんの患者さんの症状をよく聞いて診察をしたり、画像を見返したり、検査をしたりすると原因の診断に至ることがあります。その診断に基づいて放射線治療を行い効果が出ると、患者さんにも主治医の先生にもとても喜んでもらえることがあります。放射線治療専門医ならではのかかわり方で、最もやりがいを感じることの一つです。
放射線治療専門医に会うには?
まず、もっとも一般的なのはがんの診療をする主治医の先生が、放射線治療が望ましいと思われるという時に放射線治療専門医に紹介するというパターンです。そのタイミングが難しいところなのですが、放射線治療専門医が各診療科の先生と適切に連携ができていればちょうど良いときに紹介してもらえる関係を築くことができます。連携がうまくいっている施設は患者さんにとってもよい治療環境だといえます。
治療選択の際にセカンドオピニオンを受けるという方法もあります。主治医の先生からは手術を勧められたけど、調べてみると放射線治療も選択肢に入るのではないか。直接、放射線治療専門医からも説明を聞いてみたい。という相談は多くあります。最近では多くの病院でセカンドオピニオン外来が開設されており、以前より気軽に放射線治療専門医の話を聞くことができるようになっています。
その他には、病院、学会、患者団体などが主催する一般の方向けの講演会に参加するという方法もあります。放射線治療がテーマのときも、それぞれの臓器のがんの治療法の一つとして講師として呼ばれることもあります。質問コーナーが設けられる場合もありますので活用してみてください。
執筆者紹介
清水口 卓也(しみずぐち たくや)
がん・感染症センター都立駒込病院 放射線科(治療部)医員
富山大学 平成21年卒
専門分野:放射線腫瘍学(婦人科がん、乳がん、肝がん、悪性リンパ腫)
資格:日本放射線腫瘍学会放射線治療専門医、日本医学放射線学会会員、日本放射線腫瘍学会会員、第1種放射線取扱主任者、検診マンモグラフィー読影認定医
駒込病院 放射線科(治療部)ページ
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