多摩総合医療センターではこれまでも合併症妊娠に対する無痛分娩を行ってまいりましたが、
2022年7月より希望の方に対しても無痛分娩を開始いたしました。
無痛分娩を行う当院の体制は以下の通りです。
無痛分娩を実施する体制(1~4)
無痛分娩の管理(5~10)
誘発分娩の管理(11~16)
当施設の無痛分娩実績(17)
無痛分娩について詳しく知りたい方は(18)
無痛分娩を実施する体制(1~4)
1. 麻酔科医による無痛分娩の説明(麻酔科外来受診)
無痛分娩を希望する患者さんは
- 原則として妊娠33wまでに受診する。
- 受診前にウェブサイト上の無痛分娩解説動画(外部リンク)を視聴する。
- 麻酔科医の問診と診察を受け、同意書に沿って無痛分娩の流れ、合併症などについて説明を受ける。
- 分娩誘発を含む産科管理については産科主治医より説明を受ける
- 質疑応答
2. インフォームドコンセントの取得
- 無痛分娩についての同意書にサインする。
- 同意書はご本人に控えと原本ともに持ち帰っていただき、入院時に持参し病院提出用を病院へ提出する。
- 無痛分娩に関する同意は分娩時に撤回可能である。
3. 無痛分娩を担当する麻酔科医師
- 無痛分娩管理責任者:田辺瀬良美 他 麻酔科専門医が単独または麻酔科シニアレジデントと共に症例を担当する。
- 無痛分娩を担当する麻酔科医は硬膜外カテーテル留置100例以上の経験がある。
- 循環虚脱、呼吸不全などの⺟体急変に対して適切な蘇⽣処置ができる。
4. 無痛分娩を施⾏する場所
- 原則として分娩室。
- ⺟体に⾃動⾎圧計装着と心電図、SpO2連続モニタリングができる。
- 急変時に対応する設備がある(酸素供給、⼝腔内吸引装置、救急カート、BVM)。
- 胎児⼼拍数陣痛図の装着が可能で,分娩監視室・スタッフ待機室でモニターの監視ができる。
- 保温された細胞外液、エフェドリン希釈液(40mg/8mL)、ニトログリセリン希釈液(100mcg/1mL)の準備ができている。
無痛分娩の管理(5~10)
5. 無痛分娩前の情報収集
- 妊娠後期の⾎液⽌⾎凝固能を含む⾎液、尿検査をチェックする。
- 既往歴、家族歴、服⽤薬、アレルギー、⾝体所⾒(気道、脊柱、神経障害の有無を含む)などの確認をする。
- 妊娠経過、胎児合併症、推定児体重
6. 無痛分娩開始時の確認事項
- 適応の確認。
- 無痛分娩の禁忌がない。
- 無痛分娩の開始(鎮痛)を患者が希望している。
- 無痛分娩の同意書がある。
- 無痛分娩の開始に対する担当産科医の同意がある。
- CTG でNRS(reassuring fetal status)である。
- 末梢静脈路が確保され、輸液が開始されている
- 自動血圧計、SpO2が装着されており、経腟分娩の継続、無痛分娩の導入が許容されるバイタルである。
- 破水や感染の有無、現在の分娩の進行状況。
- 開始時の痛みの程度(NRS)を確認した。
- 血圧低下時のDrコール基準(指示)が決められている。
- ダブルセットアップになっている。
7. 脊髄くも膜下穿刺、硬膜外カテーテル留置
- 硬膜外単独または硬膜外併用脊髄くも膜下鎮痛(CSEA)の選択は⿇酔科指導医の判断による。
- 硬膜外穿刺器材を展開してカテーテル留置をしている際は、室内にいる医療スタッフは、ディスポーザブルの帽⼦とマスクを正しく着⽤する。
- 担当⿇酔科医は、硬膜外鎮痛施⾏前にアルコール製剤による⼿指消毒を⾏なった上で、清潔な⼿袋を装着してから⿇酔(鎮痛)⼿技を行う。
- 穿刺部の⽪膚消毒は、アルコールを含む消毒液(1%クロルヘキシジンアルコール)を⽤いて行う。
- アルコール消毒禁忌の場合はアルコールを含まないクロルヘキシジン溶液(ステリクロン®)を用いる。
- 穿刺する椎間を超音波で確認する。
- 側臥位または座位にてL3/4より穿刺を⾏う。L3/4で穿刺が困難なときにはL4/5を選択する。
- 正中アプローチを第⼀選択とする。
- 穿刺、カテーテル留置⼿技中に放散痛の訴えがあったら、針およびカテーテルを引き、放散痛の位置を確認する。
- 穿刺部位、硬膜外腔までの距離、脊髄くも膜下穿刺の有無、硬膜外カテーテル挿⼊⻑、吸引テストの結果、放散痛の有無(ある場合にはその部位)、その他のイベントについて電子カルテ及び電子麻酔記録に記載する。
8. 鎮痛薬投与
- 痛みの程度や分娩の進⾏状況によって薬剤の種類や⽤量を変更する場合があるので、その都度⿇酔科指導医に相談する。
- 鎮痛の導⼊:
脊髄くも膜下鎮痛︓ブピバカイン2.5mg+フェンタニル20mcg または フェンタニル20mcg+生理食塩水1.6mL
硬膜外鎮痛︓0.1-0.15%ロピバカイン+フェンタニル2-5mcg/mLを8〜16mL
吸引テストをしながら、3〜4mLずつの少量分割投与する - 鎮痛の維持:0.08-0.1%ロピバカイン+フェンタニル2mcg/mLを8〜12mL/時。
投与⽅法はCADD SolisⓇによるProgrammed intermittent epidural bolus (PIEB) - 突出痛に対する追加鎮痛薬の投与タイミングや⽤量については⿇酔科指導医と相談する
9. 無痛分娩中のルーチン管理
[1] 無痛分娩開始から分娩2時間後までを通して
- 医療スタッフがベッドサイドにいる。やむをえずベッドサイドを離れる際にはナースコールボタンを患者に渡す。
- 無痛分娩担当⿇酔科医は常に連絡が取れる場所にいる。離れる場合は分娩スペースにいる産科医、または他の麻酔科医に申し送りをする
- ⾃動⾎圧計と連続パルスオキシメータを装着し、連続的に脈拍数、SpO2を監視する。⾎圧の測定間隔は下記参照
- 少なくとも2時間毎に以下を⾏い、電子麻酔記録に記録する。
鎮痛程度の評価(NRS)
冷覚消失・低下域の評価
体位交換、Bromageスケールの評価、(助産師による)体温測定と導尿 - 歩⾏はせず、ベッド上で過ごす。
- 絶⾷、清澄水の摂取は可。ただし帝王切開術の可能性が⾼まったら絶飲⾷とする。
[2] 無痛分娩開始直後(〜30分程度)
- 仰臥位を避ける。
- 患者から離れずに監視を⾏う。
- 意図せぬ脊髄くも膜下薬剤注⼊がないかを確認する。
- 無痛分娩開始後のバイタルチェックは、0-15分は5分間隔、15-30分は15分間隔とする
- 低⾎圧(収縮期⾎圧が通常の20%以下または80mmHg以下)を認めたときには、下肢挙上と輸液急速負荷(300〜500mL)を⾏う。昇圧剤投与については⿇酔科指導医と相談する
- 胎児⼼拍数の低下がないか、監視をする
- NRSの評価(⼗分な鎮痛が得られているか)
- 左右の冷覚低下・消失域の評価。Bromageスケールによる運動神経遮断評価
- ⾃動⾎圧計とパルスオキシメータにて、⾎圧、脈拍数、SpO2を監視する。⾎圧測定間隔は60分。⺟児の状態によって適宜短縮。
- 分娩の進⾏状況、胎児の状態を把握しておく
[3] 努責開始から分娩室退室まで
- バイタルサインチェック5〜15分毎とする。
- 胎盤がスムーズに娩出されることを確認。
- 産後出⾎量を確認。出⾎量が多いときには麻酔科医は輸液・輸⾎、⾎液検査をはじめとした全⾝管理を担当する。
- 産道裂傷や会陰切開部の縫合が終了するころに無痛分娩を終了する(電子麻酔記録も終了する。)。
- 硬膜外カテーテル抜去は分娩室退室時に産科医が⾏い、カテーテルの先端の残存がないことを確認する。出⾎量が多いとき、凝固障害が予想されるときには慎重な判断が必要なため麻酔科指導医と相談する。
- 分娩室からの移動時は下肢の運動・感覚神経遮断の影響を考慮し車いすで移動を行う。
[4] 分娩室退室後
- 帰室後4時間後からトイレ歩行を許可する。初回トイレ歩行時には看護師が付き添い、下肢運動神経遮断の残存がないことを確認する。
- ⿇酔終了後6時間で完全に回復していない場合には、⿇酔科医コールし診察を行う。必要と判断した場合は他診療科にコンサルテーションを行う。
10. トラブルシューティング
[1] 産婦が痛みを訴えたとき
- NRS(Number Rating Scale)、痛みの部位と性状、分娩進⾏状況、冷覚低下領域を確認し、助産師はパルトグラムに記載し、医師はカルテに記載。
- 無痛分娩担当麻酔指導医と相談し、薬剤の追加投与を⾏う。
- 冷覚低下域に左右差があるようなら、体位変換、カテーテルの引き抜き(0.5〜1cmくらい)を検討。
[2] 努責開始から分娩室退室まで
- ⿇酔科医は、産科医とともにベッドサイドへ駆けつける。
- ⺟体の意識レベル、⾎圧、脈拍数、SpO2を確認する。
- 低⾎圧の場合、⼦宮左⽅転位し、昇圧薬を投与。
- 過強陣痛の場合は、子宮筋弛緩薬(希釈したリトドリン、ニトログリセリン)を投与する場合あり。
- 緊急帝王切開の可能性が出た段階で、⼿術⿇酔のための硬膜外投与薬、⼿術室の準備を始める(原則として無痛分娩担当麻酔指導医が麻酔を担当する。)
[3] 重⼤な合併症に対する対応
-1局所⿇酔薬中毒
- 局所⿇酔薬中毒を起こさないための予防策(薬剤を投与する度の硬膜外カテーテルの吸引テスト、患者を監視しながらの少量分割注⼊)が最も重要
- 初期症状(⾦属味、不穏、興奮)を認めたときには、ただちに局所⿇酔薬の投与を中⽌し、応援医師を呼ぶ。救急カートを⽤意し、⼼電図を追加装着し患者の監視を続ける。
- 意識障害、痙攣、重症不整脈、循環虚脱などを認めた場合には手術室内救急カートに常備してある20%脂肪乳剤を静脈内投与する。投与量は添付の局所麻酔薬中毒チェックリストに従う。
- 同時に、必要に応じて補助呼吸や⼈⼯呼吸を⾏いつつ、循環作動薬や輸液を⽤いて循環動態の安定を図る。
- 循環動態が安定化したら、分娩方法を決定する(緊急帝王切開を行うのか、局所麻酔薬の効果消失を待つのか。)
- 危険な不整脈、循環虚脱の悪化を認めたら、救命救急センターへ連絡し、補助体外循環の準備を考慮する。
-2 高位または全脊髄くも膜下麻酔
- 薬剤⽤量に⾒合わない⿇酔効果などから、意図しない脊髄くも膜下投与に早い段階で気づき、高位または全脊髄くも膜下麻酔を未然に防ぐことが最も重要。
- 鎮痛開始後の呼吸循環の管理中、高位または全脊髄くも膜下⿇酔を疑う所見(投与⽤量に⾒合わない⿇酔の効き)が⾒られたら、硬膜外カテーテルを吸引し、髄液が引ければそれ以上の薬液注⼊をしない。
- ⼼電図モニターを追加し、その場を離れず⿇酔効果が減弱するまで患者を監視する。
- 高位または全脊髄くも膜下⿇酔を強く疑う所⾒(意識消失、徐脈、低⾎圧、呼吸抑制)が⾒られたら、気道確保をし、呼吸の補助(補助呼吸、⼈⼯呼吸)を⾏いつつ(意識が残っている場合には鎮静を⾏う)、循環作動薬や輸液を⽤いて循環動態の安定を図る。
-3 硬膜外⾎腫(無痛分娩後)
- 両側性に感覚または運動障害がある、帰室時よりも感覚または運動障害が悪化、拡⼤している、硬膜外または脊髄くも膜下⿇酔穿刺部に叩打痛があるなど硬膜外⾎腫を疑う所⾒が⼀つでも⾒られたら、麻酔科指導医に連絡し、硬膜外⾎腫のルールアウト(⾎算/凝固能チェックと腰部MRI撮影)を⾏う。
- 硬膜外⾎腫が確定診断されたら整形外科医と連携して緊急⼿術の適応について可及的速やかに検討する。
誘発分娩の管理(11~17)
11.誘発時期の決定
妊娠35-36週以降の産科外来で以下のことをおこなう。
- 腟内の培養検査を施⾏し,GBSの有無を確認する。
- 児の胎位を確認する
- ⼦宮⼝の状態(児頭の⾼さ,開⼤度,展退度,頸管に位置と硬さ)を評価する。
- 経腟超⾳波で胎盤と臍帯が⼦宮⼝付近に無いか確認する。
- 骨盤のレントゲンを撮影し、狭骨盤(骨産道が極端に狭い骨盤)ではないか確認する。
- ⺟児に合併症がある場合には早産時期や頸管熟化が進んでいない時期の分娩誘発を⾏うことがある。この場合には帝王切開に切り替えられるようダブルセットアップとしている。
- 予定⽇を超過した場合には頸管熟化処置を先行させて、分娩誘発を行うことがある。
12.⼊院当⽇の管理
誘発前⽇に⼊院し,胎児⼼拍数陣痛図で児の状態を確認する。
- 器械的頸管拡張︓頚管熟化が不十分な場合は、ラミナリアやメトロイリーゼを用いて、子宮口をひろげる処置をおこなう。
処置中は胎児⼼拍数陣痛図を装着する。
13.誘発当⽇の管理
- 分娩進⾏中は胎児⼼拍数陣痛図を継続的に装着し、モニターの監視を⾏う。
- 分娩経過はパルトグラムに記録する。
- ⼦宮収縮薬(陣痛促進薬)︓9時頃より子宮収縮剤の持続静脈内投与を開始する。少量から開始し、胎児心拍陣痛図を確認しながら、輸液ポンプによる正確な薬剤投与量の管理を行う。
14.無痛分娩開始後の産科管理(「無痛分娩の管理」5〜10項を参照)
- 分娩進行があり、産婦の要求があれば,⼦宮⼝の状態に関わらず鎮痛を開始する。
- 無痛分娩を開始する場合、ダブルセットアップとする。
- 適宜助産師による診察を⾏い,⼦宮⼝の状態を確認する。
- 褥瘡防⽌のため,助産師による体位変換を⾏う。
- 排尿障害防⽌のため,尿道カテーテルを挿入して管理する。
15. 再誘導
16~17時の時点で活動期に⼊っていなければ、⼀旦オキシトシンは中断し、翌⽇再誘導とすることを検討する。翌日以降の無痛分娩については都度検討する。
16.帝王切開への切り替え
以下の場合には,分娩⽅法を経腟分娩から帝王切開に切り替える。
- ⾼度な胎児⼼拍数異常の出現時
- 分娩進⾏がなく,経腟分娩が困難と判断した時
- ⺟体状況の悪化により経腟分娩が困難と判断した時
- ⺟児にリスクがあると判断した時
17. 当院の無痛分娩実績
当院で無痛分娩を行った症例の転帰を示します。
正常経腟分娩に至った症例は全114症例中78症例、吸引分娩が25症例、帝王切開は11症例でした。
いずれも母児ともに問題なく分娩終了しています。(*2022年の無痛分娩38件のうち帝王切開になったものは5症例でした。)
18. 無痛分娩について詳しく知りたい方は
無痛分娩について詳しく知りたい方は下記のリンクをご参照ください。また無痛分娩担当麻酔科医にご質問ください。
日本産科麻酔学会 無痛分娩Q&A(外部リンク)厚生労働省 「無痛分娩」を考える妊婦とご家族の皆様へ(PDF 547.7KB)