転移性脳腫瘍とは?
体のがん細胞が血液の流れに乗って脳に転移し、増大することで、正常な脳の神経細胞の働きを障害したり、頭蓋内圧亢進による症状をきたしたりするものです。進行がんの10~40%に合併し、中でも日本では、肺がん、乳がん、大腸がんの順に多く、これらが転移性脳腫瘍の約3/4を占めます(図1)。その他のがんからの転移も少数ながら、稀ではありません。
どのような場合に転移性脳腫瘍を疑うか?
全身の癌の治療中に上記のような中枢神経症状があった場合、脳の検査をして転移性脳腫瘍の精査をします。
具体的には、
1)頭痛や吐き気(数日から数週間続く場合)
2)手足の動きや感覚の障害(持っている物を落とす、歩行時にどちらかに傾いたり躓きや転倒が増える など)
3)視力や視野の障害(目がかすむ、物にぶつかる など)
4)言語や構音の障害(少し前なら言えていた物の名前が言えなくなった、会話の意味が理解できない、字の読み書きができない、呂律が回らない など)
5)認知機能の障害、高次脳機能障害(物忘れ、人や物に気付かない、今までできていたことができなくなる など非常に幅広い症状が含まれ、自分では気付かないことも多いです)
6)失調(手足の細かい動きができない、真っ直ぐ歩けない など)
7)脳神経の麻痺(物が二つに見える、顔が痺れたり鋭く痛む、顔の動きが悪い、聞こえが悪い、声がかすれる、呂律が回らない、飲み込みが悪くむせる など)
8)てんかん(顔や手や足が勝手に振るえて止められない、痺れやむずむずした感じが手足に広がる、意味の分からないことを言う、呼びかけに答えず目的のない行為を続ける、そこにない物や人が見える、変な臭いがする、意識を失う など )
9)精神症状(怒りっぽい、落ち着きがない、無気力、イライラする、意味不明の行動 など)
10)意識障害(ボーっとして反応が悪い、日付を大きく間違える、失禁する など)
これらは、抗癌剤の副作用や、脳梗塞、脳腫瘍など転移性脳腫瘍以外の脳の病気でもおこる症状ですので、まず主治医に相談し、必要があればMRIなどの検査、脳神経外科や脳神経内科の受診を検討していただいくのが良いと思います。
転移性脳腫瘍と診断されたら
がんが脳に転移したと聞くと、非常に不安になり、絶望的な気持ちになる患者さんやご家族が多いと思います。確かに、転移性脳腫瘍の患者さんは体のがんの状態も進行しており、予後は厳しいことが多いですが、根治的な治療ができ、何年も再発しないで元気に生活されている患者さんも多数おられます(図2,3)。
当院の過去のデータでは、手術で全摘出でき、放射線治療を追加した場合、約70%の病変で治癒が期待できます(図4)。更に、再発した場合にも再手術、放射線治療の追加などの選択肢があります。
転移性脳腫瘍は、もとの癌の種類や状態、治療状況、ご年齢や全身状態、脳の腫瘍の大きさや場所、個数などにより患者さんごとに条件が非常に異なります。また、体のがんとは別に治療をする必要がありますので、治療方針に関しては、主治医と専門医によく相談することをお勧めします。その場合、専門医とは、脳神経外科医と放射線治療医が中心で、できればその両者と主治医が合同で検討して治療できることが理想的です。転移性脳腫瘍は、最初の治療方針がその後の経過に大きく影響しますので、状態に余裕があれば十分検討して決めるのが良いと思われます。ただし、症状がどんどん進行する場合には、時間を浪費せずに迅速に治療を進めていく方が重要になります。
転移性脳腫瘍の治療
脳には血液脳関門という物質を通しにくい構造があるため、体のがんと異なり抗がん剤が到達しにくいという特性があります。そのため、転移性脳腫瘍の治療は手術と放射線治療が中心になります。ただし、がんの種類や遺伝子等の型によっては抗がん剤が有効なものも少数あります。以下に、手術と放射線治療の一般的な特性を記載します。
① 手術は、患者さんの負担が大きく、治療期間が長くなることが欠点ですが、効果が速やかで、確実です。したがって、大きな腫瘍や放射線治療が効きにくいがん、全身のがんが落ち着いている方、運動野・言語野など症状が出やすい場所に腫瘍がある方(図5)などが適応になります。手術のみでは、再発しやすいので、通常は放射線治療と組み合わせて行われます。
② 放射線治療は、患者さんの負担が少ないこと、たくさんの腫瘍を同時に治療できること、治療を早く完結できること、手術が危険な脳の深部でも治療できることが大きな利点ですが、大きさやがんの種類によって効果が不十分な場合があったり、治療後に一時的に脳の腫れが強くなって症状が悪化するリスクがあります。したがって、比較的小さな腫瘍、全身のがんの治療が急がれる方、個数が多い方などが適応になります。
放射線治療には、脳全体に照射する全脳照射と腫瘍だけを狙って照射する定位照射(図6)があり、それぞれ利点と欠点がありますので、専門医とよく相談して治療を決めることが重要です。
以上が、一般的な治療の考え方ですが、転移性脳腫瘍は大きさ、個数、脳の部位、症状、がんの種類、全身の状態、患者さんのご希望など様々な条件が治療を決める際に検討されなければなりません。更に、これらを一人の医師で全て把握して判断するのは簡単ではありません。したがって、先に述べたように、がんの主治医、脳神経外科、放射線治療科の専門医が相談をして治療方針を決めることが重要です。
髄膜癌腫症について
転移性脳腫瘍の中には、脳に大きな塊を作らずに、脳や脊髄の表面にごく小さな薄い病変として広がったり、髄液の中に浮遊する形で症状を出すものがあり、これらを髄膜癌腫症、がん性髄膜炎、髄膜播種、などと呼びます。
頭痛、吐き気、脳神経麻痺、意識障害、てんかん、首や腰の痛み などの症状を起こしますが、MRIを撮っても必ずしも異常が見つからないことがあります。診断の確定と、治療方針決定のために腰から髄液を採取して圧を測ったり病理検査や髄液一般検査が行われます。
髄膜癌腫症の診断が確定したら、全脳照射、髄液シャント手術、抗がん剤の髄腔内投与(髄注)などの治療を検討します。これらの治療選択も患者さんごとに条件が異なりますので、専門医と良くご相談することが重要です(図7)。
転移性脳腫瘍の治療後
脳の治療が一旦終了した後は、体のがんの治療や経過観察を再開するために、治療の主体はがんの主治医の診療科に戻りますが、治療後の病変に再発や放射線壊死等の変化が起こったり、新たな脳転移が発生する可能性がありますので(図8)、脳外科や放射線治療科などにも通院していただくことがあります。
また、経過中にてんかん発作を起こした患者様は抗てんかん薬の服用をしばらく継続する必要があります。その他退院時に、薬剤師や医師からお薬や生活の注意点の指導を受けてください。