2022年11月4日
脳神経内科医長 角南 陽子
体位性頻脈症候群(Postural Tachycardia Syndrome: POTS)は、起立時の立ち眩み症状と、起立時の著明な頻脈を特徴とした、若年女性に好発する症候群です。成長とともに自然軽快する例は少なくありませんが、一部は慢性的な経過をたどり、進学や就労など社会活動の大きな妨げとなります。昨今では、COVID-19罹患後稀にPOTSを発症することがわかり、コロナ後遺症の「brain fog(ブレインフォグ)」や倦怠感と、POTSの関連について関心が高まっています。「brain fog」は集中力の低下とも言い換えられますが、POTSでは臥位から起立すると脳血流が低下することが確認されており、これが立ち眩み症状や「brain fog」の原因となっているとも考えられます。また、POTSでは不安や抑うつを合併することが多く(それ故に心身症として扱われてきた時代が長いのですが)、梅田らは、POTSの不安や抑うつが強いほど、情動を司るネットワークの一つである島皮質の容積が小さいことを明らかにしました。これは自律神経症状と脳機能の因果関係を考える上で、重要かつ興味深いデータだと思います。
POTSの病態は未だ十分に解明されておらず、治療は対症療法や生活指導に限られています。脱水やノルアドレナリン異常、自律神経障害、廃用など幾つかの病態が組み合わさってPOTSを引き起こす、と言われていますが、近年、自己免疫異常とPOTSの関連が指摘されています。特定の自己抗体は未だ同定されておりませんが、免疫治療が奏効する例が一部存在することは事実で、今後この領域での病態解明がすすめば、POTSの治療選択肢が画期的にひろがる可能性があります。私たちは、抗ムスカリン性アセチルコリン受容体抗体が、重症かつ腹部症状を併存するPOTSで陽性率が高いことを発見しました。この抗体は腸管運動や脳微小循環に関連しているので、多彩なPOTSの臨床症状を一元的に説明することができると考えていますが、残念なことに抗体測定法の精度が低く、断定的なことは未だ言えません。今後、前途ある若者たちの社会参加を達成するために、信頼性のある抗体測定法の確立や病態解明、そして治療の標準化が強く望まれます。
参考文献:
1)Umeda S, Harrison NA, Gray MA, et al. Structural brain abnormalities in postural tachycardia syndrome: A VBM-DARTEL study. Front Neurosci 2015; 9:34.
2)Sunami S, Sugaya K, Miyakoshi N, Iwazaki O, Takahashi K. Association of autoantibodies to muscarinic acetylcholine receptors with gastrointestinal symptoms and disease severity in patients with postural orthostatic tachycardia syndrome. Immunol Res. 2022 Apr;70(2):197-207.
3)後藤由也, 角南陽子, 菅谷慶三, 中根俊成, 高橋一司. 慢性の体位性頻脈症候群を呈し,抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体が陽性だった 1 例. 臨床神経 2021;61:547-551