特発性ネフローゼ症候群
2018年10月26日 1.1版
病気について
ネフローゼ症候群は、本来血液の中にとどめておきたいタンパク質が多量に尿の中に漏れてしまうことで、血液の中のアルブミン(タンパク質)の濃度が下がり、むくみ(浮腫)などの症状がでる病気です。 ネフローゼ症候群を発症する原因はいまだにはっきりわかっていません。1つではなく、体質(遺伝子)や環境因子など色々なことが関係しているといわれ、現在少しずつ研究が進んでいます。
疫学
日本での発症率は年間小児人口10万人あたり6.5人と言われ、1年間に約1000人の方がネフローゼ症候群と新たに診断されています。一般的に男の子に多いと言われていますが、思春期頃になると男女差は目立たなくなります。好発年齢は2-5歳頃で、約半分のお子さんが5歳未満で発症すると言われています1)。
診断
- タンパク尿
- 血清アルブミン(体の中のタンパク質)2.5 g/dL未満
で診断をします。
むくみ(浮腫)や高コレステロール血症も症状の1つですが、診断のために絶対必要なわけではありません。
症状
はじめて診断された時、また再発(さいはつ)した時にみられる症状です。
タンパク尿が出ていない時(寛解(かんかい))にはみられません。
むくみ(浮腫)が主な症状です。特に顔や下肢に目立ちますが、皮膚の下の浮腫だけでなく、胸(胸水)やお腹(腹水)にも水が溜まることがあります。また腸がむくむことで、腹痛や嘔吐、下痢、食欲低下などが起こることがあります。
合併症
- 血栓症(けっせんしょう)
ネフローゼ症候群では血液が凝固(ぎょうこ、固まる)しやすい状況になり、血管の水分も少なくなることが多いので、腎臓の血管や足の血管、肺の血管などに血の固まり(=血栓)を作ることがあります。適度な運動は血栓症の予防になるので、過度の安静は避けてください。 - 血圧の変動
血圧の上昇・低下を認めることがあります。 - 消化器症状
腸管がむくむことで嘔吐、下痢や食欲低下、腹痛が起こることがあります。 - 呼吸苦、胸水貯留
胸に水が溜まることで呼吸が苦しくなることがあります。 - 感染症
外から侵入するばい菌と戦う兵隊である「抗体」がネフローゼ症候群では尿に漏れてしまい、体の中の抗体が減ってしまうため、感染に対して弱くなってしまいます。
また後述するステロイドや免疫抑制薬を内服することで、さらに感染にかかりやすくなったり、感染が重症化することがあります。
特に重症な感染症は、溜まった腹水に感染を起こすことで発症する細菌性腹膜炎です。
高熱や腹痛を起こすことがあり、重症になることがあります。 - 腎機能障害
脱水やネフローゼ症候群自体など様々な原因で腎臓の機能が悪くなることがあります。
一般的には一時的で、タンパク尿が薬で消えれば(寛解すれば)腎機能障害が進行し、透析が必要になるようなことは稀です。
治療
副腎皮質ステロイドによる治療を行います。
はじめて治療をする時は、ステロイドの副作用(ステロイドの治療によっておこる悪いこと)がないか確認するため、入院で治療を行います。(約1か月)。
再発の治療もまずステロイドの内服をしますが、外来で治療ができることがほとんどです。
治療の詳細については後述します。
ネフローゼのタイプ
ステロイド(プレドニゾロン®、プレドニン®)が効くタイプとそうではないタイプに大別されます。
- [1] ステロイド感受性ネフローゼ症候群(SSNS)
ステロイドの効果があり、タンパク尿が消えるタイプの方です。 - [2] ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群(SRNS)
ステロイドを4週間内服してもタンパク尿が消えないタイプの方です。
→小児では約90%はステロイド感受性ネフローゼ症候群です。
初発時がステロイド感受性でも、再発した時にステロイド抵抗性になる場合もあります。
ネフローゼ症候群は再発を繰り返すことが多い病気で、約70-80%の方が再発を経験します。
ステロイド感受性ネフローゼ症候群の中でも再発の様子でいくつかのタイプに分かれます。
1) 頻回再発型ネフローゼ症候群(FRNS):
初めてネフローゼ症候群と診断された時から半年以内に2回、もしくはいずれかの1年間に4回の再発がある場合
2) ステロイド依存性ネフローゼ症候群(SDNS):
ステロイドを減らしていく途中や、ステロイドの内服を終えてすぐに再発(終了後2週間以内)をする場合
3) 非頻回再発型ネフローゼ症候群(non FRNS):
再発はあるが、1) 2)に当てはまらない頻度の場合
4) 無再発:
初発以降一度も再発がない場合
*用語について
再発:試験紙法で早朝尿でタンパク尿3+以上を3日連続して示すもの
寛解:試験紙法で早朝尿でタンパク尿陰性(-)を3日連続して示すもの、または早朝尿で尿タンパク/クレアチニン0.2 g/gCr未満を3日連続して示すもの
治療の実際
初発治療(初めてネフローゼ症候群と診断された時の治療)
体表面積(身長・体重から計算します)当たり60mgのステロイド(=60mg/m2)を4週間内服します。
4週間の内服終了後、40ミリグラム/m2へ減量し4週間の内服を行います。
60mg/m2のステロイドを4週間内服している間は、ステロイド内服による副作用(高血圧、眼合併症など)に注意が必要ですので、約1か月程度入院で治療を行います。
再発治療
まずステロイドの内服をしますが、外来で治療ができることがほとんどです。ステロイドの減量方法が初発治療時と異なります。
ステロイド内服でタンパク尿が消える(=寛解する)まで治療量(60mg/m2)のステロイドを継続し、その後は2週間毎にステロイドの内服量を減量します。
1)ステロイド(プレドニゾロン®、プレドニン®)
初めてネフローゼ症候群と診断された時だけではなく、「再発」した時に尿タンパクを消すために飲んでいただく一番大事なお薬です。
尿タンパクを減らし、ネフローゼを「寛解」させてくれます。大事なお薬ですが、副作用にも注意が必要です。
2)ステロイド大量療法(ステロイドパルス療法)
普段内服で使っているステロイドを大量に点滴で投与する治療です。
ステロイドの内服のみでは効果がなく、タンパク尿が続くときなどに行います。通常3日間ステロイドの大量投与を行います。
副作用として高血圧や不整脈、血栓症などがあるため、モニターをつけて行います。
またステロイドの点滴前後で、血液をサラサラにするお薬(=ヘパリン)を使い治療を行います。
通常ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群に対して行うことが多いため、タンパク尿が消えるまで繰り返し行います。
3)免疫抑制薬
ステロイドの効果がない場合(ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群)やステロイドの減量・中止で再発を繰り返す場合 (ステロイド依存性ネフローゼ症候群、頻回再発型ネフローゼ症候群)では、ステロイド薬の内服が長期になり、 ステロイドの副作用を強く認めることがあります。
ステロイドの内服を減量、中止すると再発を繰り返したり、頻回に再発しステロイドを頻回に飲まなければならない時に、 再発を抑制し、ステロイドの副作用を軽減するために内服していただくことがあります2)。
免疫抑制薬の種類
1.シクロスポリン(ネオーラル®)
2.ミゾリビン(ブレディニン®)
3.シクロフォスファミド(エンドキサン®)
4.タクロリムス(プログラフ®)
5.ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト®)
6.リツキシマブ(リツキサン®)
など様々な免疫抑制薬があります。ご本人のネフローゼ症候群のタイプ(頻回再発型ネフローゼ症候群なのか抵抗性ネフローゼ症候群なのか)、再発の頻度や状態によって主治医の先生と相談してお薬を選んでいきます。お薬の効果や副作用の説明をしっかり聞いていただき、ご本人に合ったよりよい治療を選んでいきます。
4)アルブミン製剤
尿からタンパクが漏れ、血液の中のタンパク(アルブミン)が低下した結果、腸がむくんでお腹が痛くなったり、嘔吐・下痢がみられる時、腹水が溜まりお腹のはりが強く、食事が進まない時、胸水が溜まり呼吸が苦しいような時には、余計なお水を体の外に出してあげることを目的に「アルブミン製剤」を点滴で投与することがあります。
また腎生検などの手術が控えている場合にも、浮腫んでいると傷の治りが悪くなることがあるので、手術の前に「アルブミン製剤」を投与することがあります。
「アルブミン製剤」は献血していただいた血液から作られる「血液製剤」の1種です。アルブミン製剤をつくる過程では、加熱処理などを行い混入しているかもしれないウイルスの除去や不活化を行っています。しかしどんなに注意をしても感染を100%防げない可能性があります。また自分とは異なる人から作られたものなので、投与によりアレルギー反応を起こす可能性もあります。このように感染や副反応の危険性があるお薬ですので、大事なお薬ですが、しっかり投与の必要があるかを検討し、投与をする時は注意深い観察を行いながら行います。
また頻度は低いですがB型肝炎、C型肝炎、HIVの感染のリスクがあるため、投与を行った場合には、投与3-6か月を目安に感染のスクリーニングの血液検査を行います。
ステロイドの副作用
ステロイドは大事なお薬ですが、長く使うと様々な副作用が出てきます。
- 頻度は高いけれど中止すれば改善する副作用
満月様顔貌・肥満・食欲亢進、多毛、にきび - 頻度が高く、重症化する可能性もあり注意して観察が必要な副作用
高血圧、骨粗鬆症、眼圧上昇(緑内障)、易感染性、血栓症、成長障害*1、続発性副腎機能不全*2、糖尿病、精神変調やうつ状態
上記の副作用がないか確認するために5)の検査を行います。
*1特に成長障害は思春期(身長が伸びる時期)に、長期にわたるステロイドの内服が必要な場合には注意が必要です。
*2続発性副腎機能不全については、次の項を参照してください。
続発性副腎不全
ステロイドは本来体の中の副腎という臓器で作られる副腎皮質ホルモンと同じ働きをもつお薬です。副腎皮質ホルモンは生きていくために非常に重要な役割(抗ストレス作用)を持つホルモンです。しかし長期にわたりステロイドの内服を行うことで、体の中でホルモンを作ることをさぼるようになります。従って突然ステロイドの内服を中止すると体の中ですぐには必要な副腎皮質ホルモンを作ることが出来ず、非常に危険です。以下の点に注意してください。
1)内服を中止する場合は決して突然中止せず、必ず担当の医師の指示に従って下さい。
2)ステロイド内服中や長期間内服していたステロイドを終了したあと半年程度は発熱(38.5度以上が半日続く)があるときや手術など体に大きなストレスがかかるときは、ステロイドの内服方法を変更する必要があります。内服量は患者さんによって異なりますので担当の医師に確認してください。
日常生活での一般的な注意
1)運動について
基本的に運動の制限はありませんが、再発しむくみが強い時は運動を控えましょう。
長くステロイドを内服すると、骨の密度が薄くなったり、痛みが出たりすることがあります。また骨の密度がとても低い場合には、背骨に強い衝撃が加わるコンタクトスポーツ(柔道、ラグビーなど)は控えていただくことがあります。痛みがある場合には担当の先生に相談して下さい。
2)食事について
再発のためむくみがある場合は塩分を控えた食事を心がけてください。(軽度塩分制限食)
塩分の取りすぎによりむくみの増強や高血圧を起こすことがあります。またステロイドの内服中は食欲が増すので食べ過ぎないよう注意をしましょう。外食ではどうしても塩分が多くなりがちですので特に注意してください。ご希望があればいつでも院内で栄養指導を受けていただくことが可能です。
3)自宅での尿検査について
自宅でも試験紙を使うことで、簡易的にタンパク尿が出ているかみることができます。早く再発をみつけることが出来れば、浮腫が強くなったり、ネフローゼ症候群の様々な合併症が出る前にステロイドの治療を始めることができ、ご本人の体の負担も少なくすむことがあります。落ち着いていても週に1回程度は尿のタンパクをチェックしましょう。風邪をひいた時や疲れた時などは再発のリスクがあるので、タンパク尿が出ていないか細めなチェックをお勧めします。試験紙は薬局やドラッグストアで購入することができます。
4)予防接種について
ワクチン
当院では初発ネフローゼ症候群発症後半年間は再発を繰り返す可能性があるため、生ワクチンの接種をお勧めしていません。また再発治療のため多い量のステロイドを内服している時期(ステロイド(プレドニン)20mg以上)は接種をお勧めしません。また免疫抑制薬の内服中は基本接種ができません。
罹患すると重症化する可能性があるため、接種が可能な時に積極的に接種することをお勧めしています。
季節性ワクチン(インフルエンザ)
ワクチンの接種後に再発をしたという報告はありますが、頻度など詳細は分かっていません。しかし、インフルエンザにかかった際に再発するリスクや重症化するリスクがあることから、接種をお勧めしています。主治医の先生と接種前にご相談下さい。
予後
ネフローゼ症候群では何らかの再発を80%に認め、長く管理が必要な病気です。
治療によりタンパク尿を消すことができれば(寛解すれば)、腎機能が悪くなることはなく予後は比較的良好な病気です。
抵抗性が10年以上続いた子どもたちの約30-40%が末期腎不全(透析を必要とする)になると報告されています。
診療実績
現在、当院で約300名のネフローゼ症候群患者さんの治療を行っております。
新規ネフローゼ症候群患者さんは2021年度は6名、2022年度は10名でした。
臨床試験について
当院ではネフローゼ症候群のより良い治療の確立のため、全国で行われている臨床試験に協力をしています。
<現在行われている臨床試験とその概要>
[1]JSKDC02試験:ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の患者さんを対象に、シクロスポリン+ステロイド内服併用療法を開始し無効例にステロイド大量療法併用投与を行う場合と、ステロイド大量療法+シクロスポリン+ステロイド内服併用投与を開始する場合の有効性と安全性の比較を行い、ステロイド大量療法の有効性を検討し、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群患者さんの標準治療法を決めることを目的としています。現在新しい患者さんの登録は終了し、追跡調査を行っています。
[2]JSKDC05試験:初発寛解後早期(半年以内)に再発する小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群の患者さんを対象に、標準治療(再発時ステロイド治療)+高用量ミゾリビン併用治療が標準治療に対して、頻回再発抑制効果に優れていることを検証する試験です。
[3]JSKDC06試験:頻回再発型小児ネフローゼ症候群の患者さんを対象に、タクロリムス(プログラフ)治療がシクロスポリン(ネオーラル)治療と同じ効果があることを検証し、副作用を比較する試験です。
現在新しい患者さんの登録は終了し、追跡調査を行っています。
[4]JSKDC07試験:小児期発症の難治性頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群の患者さんを対象に、リツキシマブ治療後の寛解維持療法としてのミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)の有効性と安全性を評価することを目的とし、リツキシマブ治療後にセルセプトを内服する患者さんとプラセボ(偽薬)を内服する患者さんの寛解維持期間を比較してセルセプトが寛解維持効果に優れることを検証する試験です。現在新しい患者さんの登録は終了し、追跡調査を行っています。
引用文献
- 1)Kikunaga K, Ishikura K, Terano C, et al.: High incidence of idiopathic nephrotic syndrome in East Asian children: a nationwide survey in Japan (JP-SHINE study). Clin Exp Nephrol 2016 Sep2 [Epub]
- 2)小児特発性ネフローゼ症候群 診療ガイドライン2013 日本小児腎臓病学会