甲状腺がんの放射性ヨード内用療法
ここでは甲状腺癌の手術後に行われる(主に初回の)放射性ヨード治療について説明しています。
①甲状腺ホルモンの調節について
甲状腺の細胞は、血液中に豊富に含まれるヨードを取り込み、これを原料として甲状腺ホルモンを産生し、血液中に放出しています。
さらに、この調節は脳の底部にある下垂体という小さな臓器によって行われており、血液中の甲状腺ホルモンが不足すると下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が分泌され、これが甲状腺からのホルモン分泌を促すことで血液中の甲状腺ホルモンが一定の範囲に保たれています。
②放射性ヨード治療の対象となる甲状腺癌について
甲状腺癌は甲状腺に発生する腫瘍で、いくつかの組織型があるのですが、このうち乳頭癌および濾胞癌の細胞は正常甲状腺細胞と同様に「ヨードを取り込む」という性質を残していることが多く、放射性ヨードも通常のヨードと同様に取り込みます。
放射性ヨード治療は、放射性ヨードの入ったカプセルを飲むことで、放射性ヨードを癌細胞に選択的に取り込ませ、これを破壊することを目的とする治療法で、甲状腺乳頭癌および濾胞癌が治療の対象となります。
③放射性ヨード治療の目的について
放射性ヨード治療には、①甲状腺癌術後の再発予防(術後のアブレーション)を目的として行う場合と、②甲状腺癌術後で、原発巣の再発、肺転移など原発病巣以外に生じた遠隔転移の治療を目的に行う場合とがあります。
当科では、甲状腺癌術後の再発予防を目的に行う場合には30mCi(ミリキューリー)、術後原発巣の再発、肺転移など遠隔転移を伴う甲状腺癌の術後治療として行う場合には100mCiの放射性ヨード治療を行っています。
④放射性ヨード内用療法は甲状腺癌術後の治療として行われます。
甲状腺が残っている状態で放射性ヨードを投与すると、投与された放射性ヨードは癌細胞よりも残っている甲状腺にその多くが取り込まれ、治療の効果は低下します。
このため、放射性ヨード治療を行う際には、まず事前に腫瘍を含めた甲状腺の全摘出が必要です。
⑤放射性ヨード内用療法を行う前には、全身の遠隔転移の有無の評価が必要です。
転移がある場合、放射性ヨードはこの転移部位にも取り込まれるため、背骨等に大きな腫瘍がある場合などには脊髄圧迫による四肢麻痺など思いもよらぬ副症状を生ずるおそれがあります。
このため、当科では放射性ヨード治療を行う前に、ご紹介いただく医療機関にて事前に造影剤を用いた体幹部CT(頸部から骨盤部まで)、造影頭部MRI等の画像検査を行っていただき、副症状を生ずるような病変がないことをご確認いただくようしています。
また、放射性ヨードを用いた事前の診断用シンチグラムは、放射性ヨード治療時の腫瘍細胞への取り込みの低下、治療効果への影響が否定できないため、お勧めしていません。
⑥放射性ヨード治療前には甲状腺ホルモン剤の内服、食事でのヨード摂取制限が必要です。
チラーヂンなどの甲状腺ホルモン剤の内服を中止し、食事でのヨード摂取制限を行うことで、甲状腺機能が低下した状態となります。
この状態となると、下垂体からは甲状腺刺激ホルモン(TSH)という甲状腺を刺激するホルモンが多く分泌されます。
この甲状腺刺激ホルモンは、正常の甲状腺細胞同様、乳頭癌、濾胞癌の細胞に対しても放射性ヨードを多く取り込ませるよう働きかけます。
このように放射性ヨード治療では、乳頭癌、濾胞癌の細胞への放射性ヨードの取り込みをよくするため、放射性ヨード投与前に一定期間のヨードの摂取制限が必要です。
100mCiの放射性ヨード内用療法の場合は、放射性ヨード投与4週間前よりチラーヂンなどの甲状腺ホルモン薬の内服を中止し、投与2週間前よりヨードを多く含む食品の摂取を制限します。この準備によって治療時には放射性ヨードが病変の細胞に取り込まれやすい状態となるようにします。
30mCiの放射性ヨード治療を行う場合は、投与2週間前よりヨードを多く含む食品の摂取を制限します。チラーヂンの内服はそのまま継続いただき、そのかわりに入院後初日および翌日に放射性ヨードの取り込みを良くするため、タイロゲンという薬を注射します。その後入院3日目に放射性ヨードを内服いただきます。
⑦放射性ヨード治療は入院で行います。
100mCiの放射性ヨード治療を行う場合、放射性ヨード内服後、体内から出る放射線が少なくなるまで個室での入院が必要です。
入院期間は4〜7日間ほどが必要で、体から出る放射線の量が法律で定める基準以下となれば退院が可能です。
また、入院期間中に病室からの外出、面会等などはできず、閉所恐怖が強い方、ご自身で身の回りのことを行うことがむずかしく、介助が必要な方の治療は困難です。
30mCiの放射性ヨード治療を行う場合、本邦では外来での治療も認可されておりますが、当科では遠方からの患者さんも多いため、100mCiの放射性ヨード治療同様、入院で治療を行っています。
妊娠可能な若年女性については、放射性ヨード投与前日にご入院いただき、翌日午前中早い時間に放射性ヨードカプセルを内服、その後就寝までのあいだ水分摂取と頻回の排尿を促すことで、卵巣への被ばく線量を最小限に止めるよう配慮した治療を行っています。
退院日が決まった時点で、実際に病巣にうまく放射性ヨードが取り込まれたかを確認するためのヨードシンチグラムを撮像し、その後退院となります。
また、撮像したヨードシンチグラムの結果については、後日外来を受診された際に説明しています。
⑧放射性ヨード内服後の副症状について
内服した放射性ヨードは病変に取り込まれるとともに、消化管、耳下腺などの唾液腺にもその一部が取り込まれます。このため摂取後しばらくして気分不快、全身の倦怠感のほか、吐き気、嘔吐などの消化器症状、耳下腺部の腫れ、痛み、唾液の分泌低下、味覚障害などの症状を生ずることがあります。
ただし、これら症状を生じても一過性で、一般に時間の経過とともに改善することがほとんどです。
また、きわめて小さな確率ですが、長期での副症状として放射性ヨードを内服したことによる二次発癌のリスクがあります。
ただし、このリスクに比較し、本治療により得られる治療利益が勝るものと考えられています。
なお、放射性ヨードを体内に摂取することから、1年以内に妊娠をご希望される方には本治療はお勧めしていません。
放射性ヨード治療のまとめ
- 甲状腺乳頭癌、濾胞癌の術後の再発予防、術後の遠隔転移の治療として行います。
- 治療前には脊髄麻痺などの重篤な副症状を避けるため、事前に全身の画像評価が必要です。
- 放射性ヨード内服前には、治療内容に応じて2〜4週間のヨード摂取制限とチラーヂンなどの甲状腺ホルモン剤の内服中止が必要です。
- 治療は入院で行い、放射性ヨード摂取後の外出、面会は退院までできません。
- 放射性ヨード摂取後には、全身の倦怠感のほか、吐き気、嘔吐などの消化器症状、耳下腺部の腫れ、痛み、唾液の分泌低下、味覚障害などの症状を生ずることがありますが、その多くは一過性の症状です。
2021年7月 更新 早川沙羅