はじめに
前立腺がんは、米国男性でもっとも罹患率の高いがんで、男性のがん死亡の2番目の原因とされています。日本においても、男性で1番目の罹患率(がんの統計2019年:2位大腸がん、3位胃がん)である一方、部位別がん死亡数では7位であり、適切な治療により良好な成績も期待できる疾患です。
早期の前立腺がんに対する放射線治療
根治的な治療の対象となるのは、骨転移やリンパ節転移のない早期の前立腺がんです。前立腺がんでは、腫瘍マーカーであるPSA値や悪性度の指標となるGleason Score (グリソン・スコア)などの因子から、治りやすさ・再発・転移の可能性を示すリスク分類が用いられてきました(表1)。
<表1>
リスクグループ | 低リスク | 中リスク | 高リスク |
PSA | 4-10 | 10-20 | 20< |
Gleason Score | -6 | 7 | 8-10 |
局所進行度 | 被膜内にとどまる | 被膜外や隣接臓器に浸潤 |
根治的な治療の選択肢としては、手術、外部放射線治療、組織内照射があります。当院では、外部放射線治療としてX線を用いた強度変調放射線治療(IMRT)を積極的に行っております。また、中リスクや高リスクでは、治療効果を高めるために原則としてホルモン療法を併用しています。
1.低リスク前立腺がん
潜在的な転移のリスクが非常に少ないため、前立腺に対する局所治療のみで根治が期待できます。治療選択肢としては、手術、外部放射線治療、小線源治療があります。
当院では、70Gy/28回のスケジュールでIMRTを実施しています。
2.中リスク前立腺がん
手術、外部放射線治療とも、適応となります。
当院では、ホルモン療法を先行し、70Gy/28回のスケジュールでIMRTを併用します。ホルモン療法はIMRT終了と同時に終了し、期間は6ヶ月程度です。
3.高リスク前立腺がん
潜在的な転移のリスクが高いため、ホルモン療法を併用します。
当院では、ホルモン療法を先行し、70Gy/28回のスケジュールでIMRTを併用します。ホルモン療法はIMRT後も継続し、原則として2年間実施します。
局所進行、転移巣のある前立腺癌
CT、MRI、骨シンチグラフィー等で転移が確認される前立腺がんは、全身治療であるホルモン療法を主体とした治療が実施されます。
ホルモン療法の効果が非常に高く経過が良好な場合、追加治療として放射線治療が検討されることもあります。骨盤リンパ節転移のある症例でホルモン療法後の経過が良好な場合、骨盤照射を実施することがあります。
近年、転移巣が少数の場合、骨転移等の病巣も含めた局所の放射線治療を行う意義があるかどうかに注目が集まっています。
前立腺がん手術後の放射線治療
前立腺癌の手術を行って、病理結果が思わしくなく、再発リスクが高いと判断された場合や、前立腺全摘出術後に、いったん低下したPSA値が漸増し再発が疑われる場合は、前立腺床(前立腺があった場所)に対する放射線治療の適応となります。
当院では、IMRTを用いて66.6Gy/37回のスケジュールで実施します。
PSA漸増に加えてCTやMRIで前立腺床に明らかな再発病巣が認められる場合には、IMRTを用いて70Gy/35回のスケジュールで治療を行います。
前立腺がんに対する強度変調放射線治療(IMRT)とは
前立腺は、上に膀胱、後ろに直腸が接しているため、従来の放射線治療では膀胱と直腸を守って前立腺に十分な線量を投与することが困難でした。
従来の三次元照射と比較すると、IMRTでは線量分布の最適化によって前立腺に線量を集中させながら、直腸や膀胱など周囲の正常組織への線量低減が可能となります。それにより、治療効果を維持しつつ、長期的な副作用を低減することが可能と考えられています。
また、IMRTの優れた線量集中性に加えて、最近では画像誘導放射線治療(IGRT:Image-Guided Radiation Therapy)という技術が普及しています。IGRTとは、日々の治療の直前に直交二方向X線透視画像やCT画像を撮像して、前立腺の位置照合を行う技術です。前立腺がんの放射線治療では、膀胱内の尿や直腸内の便やガスによる前立腺の位置変動が問題となるため、IGRTの利用で、きわめて位置精度の高い放射線治療が可能となっています。
三次元照射(3D-CRT)とIMRTの線量分布比較
IMRTを用いることで膀胱と直腸を避けるような線量分布が描けます(矢印)。
ハイドロゲルスペーサー(SpaceOAR)の挿入
限局した前立腺がん(背側の前立腺外への浸潤は除く)の場合、晩期の直腸毒性を低減する目的でハイドロゲルスペーサー(SpaceOARシステム)の挿入をすることが可能です。
隣接している前立腺および直腸との間にスペーサーを挿入することで放射線治療の照射野と直腸を離すことができ、Grade2以上の晩期直腸毒性(直腸出血など)を低減できると報告されています。
スペーサーを使用する場合は、放射線治療の約2週間前までに入院・麻酔下での留置の処置が必要になります。
稀ですが処置に伴い出血等の副作用リスクがあること、当院では全例IMRT(強度変調放射線治療)の使用および毎日のCTを用いたIGRT(画像誘導放射線治療)を用いるためもともと直腸毒性の割合が少ないため、スペーサーの留置は全例必須とはしておりませんが、既往歴等のために担当医より推奨する場合があります。
セカンド・オピニオン
当院では前立腺がんの治療選択で迷われている方、ほかの専門家の視点からの意見を受けたい方にご利用いただけるよう、セカンドオピニオンを受け付けています。
ご希望の方は、主治医の先生と相談の上、予約受付( 03-3823-4890;平日8:30~17:15)にお電話ください。
2023年4月更新 田口健太郎/清水口卓也