近年、がん細胞の増殖や転移、あるいは発生に直接関わる特定の遺伝子(ドライバー遺伝子)が発見され、これらの遺伝子異常を標的とした薬物治療(分子標的治療)の有効性が明らかとなり、進行がんの治療は大きく変化しました。例えば、肺がんにおいては、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異陽性肺がんに対するEGFR阻害剤(ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ)、ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するALK阻害剤剤(クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブ)がいずれも著明な効果を認め、すでに日常臨床で使用されています。このような個々の遺伝子異常に基づいた分子標的治療は個別化治療と呼ばれ、ひとり一人の患者さんのがんの性格に適した治療が現実のものとなりました。その後も、ROS1、RET、NTRK1といった新規融合遺伝子を含む様々なドライバー遺伝子変異やその候補が次々と発見されており、今後の肺がん個別化医療はさらなる細分化が予想されます。一方で副作用は従来の抗がん剤治療(殺細胞性薬)とは種類の異なる副作用がでることも分かってきました。このため、使用においては十分な注意が必要です。
EGFR遺伝子変異を有する肺がんは腺がんの40~50%に認めますが、近年見つかってきているROS1やRETなどの遺伝子異常をもつ肺がんは、肺がん全体の1~2%程度のものが多く、効率の良いスクリーニング法の開発が必要です。我が国では全国規模での肺がん遺伝子スクリーニングプロジェクト(Lung Cancer Genomic Screening Project for Individualized Medicine in Japan: LC-SCRUM-Japan)が2013年2月から開始されました。全国の病院からEGFR遺伝子変異陰性の非小細胞肺がんの患者さんの組織が提出され、ALK、RET、ROS1遺伝子の異常だけでなく、多くの希少な遺伝子の異常を同時に調べることができ、効率的な遺伝子スクリーニングを行う組織として、現在も稼働しています。
日本人でよく認められるEGFR遺伝子変異(L858Rやエクソン19の部分欠損など)を有する患者さんは、EGFR阻害薬がよく効くため、標準治療となっています。しかし、EGFR阻害薬は半数の患者さんが1年程度で効果がなくなります。EGFR阻害薬が効かなくなる原因の1つにT790Mと呼ばれる遺伝子変異が出現し、約半数の患者さんに認めます。最近、このT790Mという遺伝子変異に対して効果が期待される薬(オシメルチニブ)が使用できるようになりました。このように、EGFR阻害剤が効かなくなった後に効果を示す薬の開発が進んでいます。
以上より、進行非小細胞肺がん(特に肺腺がん)と診断され、抗がん薬による治療を検討する際には、気管支鏡検査等で採取されたがんの組織を用いてドライバー遺伝子異常(EGFR、ALK等)の有無を検査し、薬の効果が期待できるかどうか判断することが重要です。