患者さんへ
疾患概要
痙性対麻痺とは、脳や脊髄の病気により足が突っ張ったり(痙性といいます)と力が入りにくくなって思うように動かせなくなる(運動麻痺)状態のことをいいます。遺伝性痙性麻痺は、生まれつきの遺伝子の変化が原因で、これらの症状が少しずつ進んでくる病気です。病態としては、脳と脊髄をつなぐ運動や感覚の神経が少しずつ傷んでくることによると想定されています。近年の遺伝子解析技術の進歩により原因となりうる遺伝子が多数見つかってきています。本疾患は神経変性疾患といわれる疾患カテゴリーに含まれ、今のところ根本治療がなく、小児慢性特定疾病および国の指定難病に指定されています(いずれも脊髄小脳変性症に含まれる)。
症状
病気の主な症状は、徐々に足が勝手に突っ張ったりして思うように動かせなくなり、力も入りづらくなって歩くのに支障が出る(痙性対麻痺)ことです。症状が進んでくると足の変形や拘縮も認めます。発症年齢は乳児期から成人期まで様々です。これらの症状を示す病気は本疾患以外にも多数あるため、様々な検査を行って他の疾患でないかどうかを見極めることが大切です。特に小児では、乳幼児期に症状が出た場合、発達の過程でうまく歩けるようにならない場合もあり、生まれつきの疾患(脳性麻痺)と間違われることもあります。
また遺伝性痙性対麻痺は、主症状の痙性対麻痺と尿や便が出しにくくなる(膀胱直腸障害)のみを認める純粋型と、それ以外の症状を認める複合型に分けられます。複合型の症状として以下のような症状があります(表1)。
治療法・対処法
残念ながら現在のところ、根本的な治療法はありません。症状を和らげるための対症療法を行います。対症療法としては理学療法、装具の使用、突っ張りを和らげる薬物療法、ボツリヌス毒素の局所注射療法、バクロフェン持続髄注療法があります。薬物療法のみでは十分な効果が得られることは難しく、投与量が増えると眠気などの副作用のほうが目立ってきてしまいます。ボツリヌス毒素の局所注射療法は定期的に注射が必要になり、バクロフェン持続髄注療法は手術が必要な治療になります。
診療実績
現在当院神経小児科では遺伝性痙性対麻痺の患者さんを疑い症例も含めて7例程度診療しています。診断にあたっては、画像検査および神経生理学的検査などを行ったうえで、遺伝性痙性対麻痺が疑われる症例に関しては、研究機関と連携して遺伝子診断を行っています。また小児ではまだ報告は少ないですが、状態に応じて脳神経内科と連携しながらボツリヌス毒素の局所注射、脳神経外科と連携してバクロフェン持続髄注療法などの治療も行っています。
患者さんへのワンポイントアドバイス
小児科領域ではこの遺伝性痙性対麻痺の認知度はあまり高くなく、乳児期発症の場合は脳性麻痺と診断されていることもありますし、複合型の場合は他の症状もあるため診断に至るまでに時間を要することもあります。また同様の症状を呈する他の疾患も多いため、種々の検査を行い、鑑別を行うことが必要です。原因がはっきりしない足の突っ張りなどの症状がありましたら、十分に精査を行うことをお勧めいたします。
医療関係者へ
疾患概要・病態
遺伝性痙性対麻痺(Hereditary spastic paraplegia: HSP)は緩徐進行性の下肢痙縮と筋力低下を主体とする神経変性疾患です。長さ依存性の錐体路および脊髄後索の変性がその主病態とされています。発症年齢は乳児期から成人期まで様々で、遺伝形式も常染色体顕性遺伝、常染色体潜性遺伝、X連鎖性、ミトコンドリア遺伝性のいずれのパターンもあり、原因遺伝子はSPGに番号を付けて、2020年5月現在80以上の遺伝子が登録されています。本邦では、常染色体顕性遺伝性ではSPG4が最も多く、常染色体潜性遺伝性ではSPG11が多いとされています。
症状
臨床病型は純粋型(pure form)と複合型(complex form)に分けられます(表1)。純粋型は通常下肢の痙性対麻痺が主体で、軽度の下肢の振動覚低下、膀胱直腸障害を伴います。複合型は純粋型の症状に加えて、表1のように他の神経症状、および全身的な症状を伴います。複合型は症状の進行が早く、より重症です。
診断法
国際的に確立された診断基準はありませんが、本邦では「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018」に記載されているように、「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」における診断基準があり、「緩徐進行性の両下肢の痙縮と筋力低下」と「両下肢の腱反射亢進・病的反射」の2つの主要臨床徴候があり、各種検査によって鑑別疾患が除外できることとされています。臨床徴候だけから病型を決定することは困難とされており、遺伝子診断により既知の原因遺伝子を同定することにより確定診断に至ります。
小児科領域においても、痙性対麻痺を呈する他の疾患は多数あるため、まずは他の疾患ではないかの鑑別を十分行うことが必要になります。乳幼児期早期の発症では脳性麻痺と診断されやすいことも知られています。また複合型の場合は、初発症状が痙性対麻痺でないこともあり、診断が難しい場合もあります。当院は神経専門病院として、鑑別となる疾患の経験もあり、特殊検体検査(血液・尿および髄液)・神経画像検査・神経生理学的検査・神経眼科的評価・神経耳鼻科的評価などを組み合わせて精査を行い、正確な診断を目指しています。
治療法・対処法
現在のところ遺伝性痙性対麻痺の主症状に対する根本的治療はなく、対症療法のみになります。また複合型の場合は合併している症状に対する治療も必要になってきます。主症状の痙性対麻痺に関しては、理学療法・装具療法が主体で、経口の抗痙縮薬(バクロフェン、ダントロレンナトリウム、チザニジン、ジアゼパム)も用いられますが、十分な効果が得られることは多くありません。その他侵襲的な治療としてボツリヌス毒素の局所注射とバクロフェン持続髄注療法(ITB療法)があります。
診療実績
現在当院神経小児科ではHSPの患者さんを疑い症例も含めて7例程度診療しています。診断にあたっては、画像検査および神経生理学的検査などを行ったうえで、HSPが疑われる症例に関しては、研究機関と連携して遺伝子診断を行っています。また小児ではまだ報告は少ないですが、状態に応じて脳神経内科と連携しながらボツリヌス毒素の局所注射、脳神経外科と連携してITB療法などの治療も行っています。