抗NMDA受容体脳炎(患者さんへ)

患者さんへ

疾患概要

私たちの脳の神経細胞では細胞間のシナプスというところで電気的信号をやりとりするための物質があり、神経伝達物質と呼ばれます。この神経伝達物質の中で、主に興奮性の刺激を伝える主要な物質にグルタミン酸というものがあります。このグルタミン酸の刺激を受け取る側の細胞には受容体があり、その一つにNMDA受容体があります。抗NMDA受容体脳炎は、何らかのきっかけで患者さん自身の免疫システムによりこのNMDA受容体をターゲットとする自己抗体が産生されることで発症する自己免疫介在性の脳炎の一つです。

この疾患は2007年に若年成人女性に起こりやすいということで初めて報告されましたが、以後小児でも発症することが報告されています。成人女性では卵巣の良性腫瘍に関連して発症することが多いですが、小児では腫瘍の合併率は低いとされています。

抗NMDA受容体脳炎を含む自己免疫介在性脳炎・脳症は、小児慢性特定疾患の一つに指定されています。

症状

前駆期と呼ばれる発熱、頭痛、倦怠感といった感冒様症状のあとに下記のような神経症状を呈します。

  1. 精神症状:行動異常、幻覚、妄想、不安、気分障害
  2. けいれん:焦点性(部分)発作、全身性発作
  3. 不随意運動:口の周りの異常な動き、四肢の不規則な運動、異常な突っ張り、ぴくつき
  4. 意識障害:意識の低下、錯乱
  5. 認知機能障害:記憶障害、会話の障害、思考力の低下
  6. 自律神経症状:低血圧/高血圧、徐脈/頻脈、体温異常、無呼吸
  7. 睡眠障害

などです。

小児では成人例に比してけいれん発作が多いとされています。

治療介入などにより急性期を過ぎると、緩徐回復期へと移行します。徐々に意識障害が改善し、神経精神症状も改善傾向に向かうとされていますが、回復には時間がかかり、また完全には回復せず後遺症を残すことも多いです。

抗NMDA受容体脳炎の病期をグラフに表した図です。

診断・検査

臨床症状などから自己免疫性脳炎が疑われる場合には、頭部画像検査、髄液検査、脳波検査などを行います。小児の抗NMDA受容体脳炎では頭部MRI画像で異常を認めないこともあります。確定診断には髄液検査でNMDA受容体に対する抗体を測定しますが、抗体が判明する前に下記の治療を始めるために臨床診断基準が提唱されています。

治療法・対処法

抗NMDA受容体脳炎が疑われた場合には、診断のための検査と平行して速やかに免疫療法を開始します。第1選択の治療としてはステロイドパルス療法、免疫グロブリン静注療法や血漿交換があります。小児では血漿交換は手技的な問題もあり安全に施行でいる施設は限られており、ステロイドパルス療法が用いられることが多いです。ステロイドパルス療法と免役グロブリン静注療法は併用することもあります。重症例や第1選択の治療で症状の改善が得られない場合には、第2選択の治療としてリツキシマブやシクロフォスファミドによる治療が推奨されています。第2選択のいずれの薬剤も抗NMDA受容体脳炎に保険適応があるわけではありません。当院ではリツキシマブの治療を倫理委員会の承認を得て施行しています。倫理委員会の承認を得るための時間も必要であり、遅滞なく第2選択の治療を開始するためにも、抗NMDA受容体脳炎が疑われ第1選択の治療を始める段階で、当院のように第2選択の治療が提供できる施設での治療が望ましいと思われます。

また急性期には免疫療法以外にもけいれん発作、不随意運動、自律神経症状、呼吸障害、精神症状などの症状に対しても治療を行う必要があり、集中治療管理を要することもあります。

急性期が過ぎたあとも免疫抑制剤による維持療法が必要なことがあります。

診療実績

当院では2016年から2024年の間に10例の抗NMDA受容体脳炎の小児症例の急性期の治療の経験があります。抗NMDA受容体脳炎では急性期に集中治療管理を要することがあります。当院ではICUも利用し全身管理を行いつつ早期診断に向けての検査を迅速に行っています。また特に最近は第1選択の治療で十分な効果が得られない場合に、上記のように迅速に第2選択の治療(リツキシマブなど)を行う体制を整えています。また積極的に長時間脳波なども施行し、症例の集積を行っています。

患者さんへのワンポイントアドバイス

原因不明の急性発症の精神症状あるいは、けいれん・不随意運動・意識変容などで抗NMDA受容体脳炎などの急性脳炎が疑われる場合は、集中管理のできる専門病院で精査加療することをお勧めいたします。