患者さんへ
疾患概要
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(以下CIDPと呼びます)とは、末梢神経に炎症が起こり、このために筋力の低下や感覚の障害をきたす病気です。症状が一旦治まるものの再発を繰り返すことと、症状が徐々に進行することがあります。身体の中に、自分の神経を攻撃する異常な免疫反応が起こってしまうことが原因と考えられています。何故このような反応が起こるのかはまだ分かっていません。
2004年9月から2005年8月に行われた「厚生労働省免疫性神経疾患に関する調査研究班」による全国調査によると、CIDPの有病率は人口10万人あたり1.61人と報告されており、稀な疾患です。15歳未満のお子さんの有病率はさらに低く、10万人あたり0.23人でした。当科では、この10年間に9例の小児のCIDP患者さんを診療しています。
症状
運動神経が障害されると、手足に力が入れにくく、腕を上げにくい、箸が使いにくい、字が書きにくい、ボタンを留めにくい、つまずきやすい、階段を昇りにくい、などの症状をおこします。また感覚障害として、手足の感覚が鈍い、しびれる、などの症状もおこります。深部感覚が障害されると、手の動きがうまくコントロールできない、歩く時にふらつく、指がふるえる、などの症状も見られます。まれに脳神経の障害も起こり、しゃべりにくい、表情が乏しい、などの症状を認めることもあります。このような症状が、2ヶ月以上にわたり、再発を繰り返すか、徐々に進行していきます。症状が進行すると四肢の筋肉が痩せてきて、移動に杖や車椅子が必要となる場合もあります。
典型的なCIDPでは、症状は左右対称性で、手足の付け根に近い部分も先端も同じ程度に障害され、運動の障害と感覚の異常の両方を生じます。しかし、手足の先端の方だけが強く障害されるタイプ、左右差の目立つタイプ、身体の一部にのみ症状を認めるタイプもあります。また、運動障害または感覚障害のみを認めるタイプもあります。
お子さんの場合には大人より症状の進行が速く、運動症状がめだち、再発を繰り返すことが多いです。このため、ギラン・バレー症候群という神経の急性の炎症による病気と紛らわしいことがあります。
検査では、末梢神経伝導検査が最も重要です。また髄液検査や脊椎のMRI検査からも診断の手がかりが得られます。診断が難しい場合には、足首のところの感覚神経の一部を取って顕微鏡で調べる腓腹神経生検が行われることがあります。診断にあたっては、遺伝性の病気や、他の全身の病気に伴う神経障害、薬物や毒物による神経障害などを否定する必要があります。お子さんの場合には遺伝性の病気との区別が難しいことがあり、専門医による診断が必要です。
治療法・対処法
治療としては、身体に起こってしまった異常な免疫反応を抑える治療を行います。副腎皮質ステロイド薬、免疫グロブリン療法、血液浄化療法の3つが第一選択の治療ですが、お子さんでは血漿浄化療法は施行しにくいので、ステロイド薬か免疫グロブリン療法を選択することが多いです。いずれも入院の上で、症状や検査結果の変化を十分に観察し、治療の副作用にも気をつけながら行います。月単位の入院が必要となることが多いです。難治例では免疫抑制剤や、リンパ球の中のB細胞だけを選択的に除去する薬が使われることもあります。
一般にお子さんのCIDPは大人よりも治りやすいとされています。しかし運動や感覚の異常を残してしまう患者さんや、大人になってからも治療の継続が必要な患者さんも存在します。当科で経験した小児の12人の中では、治癒して治療が終了できた患者さんが7人、現在治療を継続しながら症状を抑えている患者さんが3人、治療が効きにくくて筋力低下や感覚の異常を認めている患者さんが2人です。
患者さんへのワンポイントアドバイス
経過の長い慢性の病気ですので、身体的ならびに精神的にいろいろな負担がかかります。医師とよく相談してしっかり治療をすることに加え、リハビリテーションや、歩きやすいようにする装具作成などの整形外科的管理も必要です。また精神的ストレスや、就学・就労に関して、臨床心理士やソシアルワーカーとの連携が必要となることもあります。当科では、脳神経内科をはじめとする関連診療科や他部門と連携しながら、CIDPをはじめとするお子さんの末梢神経疾患の的確な診断・治療ならびに支援に努めています。
当科の専門医
熊田聡子、石山昭彦
医療関係者へ
疾患概要・病態
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(以下CIDP)とは、再発性または慢性進行性に末梢神経の脱髄を生じ、筋力低下または感覚障害を示す自己免疫性炎症性疾患です。発症には主に細胞性免疫が関わっていると推定されていますが、最近一部の患者においてランヴィエ絞輪およびその近傍に発現する接着分子に対する自己抗体が検出され、液性免疫の関与も改めて注目されています。
有病率に関しては、2004年9月から2005年8月に行われた「厚生労働省免疫性神経疾患に関する調査研究班」による全国調査にて、人口10万人あたり1.61人と報告されています。15歳未満の小児の有病率はさらに低く、0.23人でした。当科では、この15年に12例の小児CIDP患者さんを診療しています。
症状
2ヶ月以上にわたり再発性または慢性進行性の経過をとることを特徴とします。
典型的CIDPでは、左右対称性の筋力低下と感覚低下・異常感覚を生じます。近位筋と遠位筋が同様に侵されることが特徴です。深部腱反射は低下ないし消失します。深部感覚障害による失調や振戦もしばしば見られます。また時に、脳神経障害や自律神経障害も見られます。非典型的CIDPとして、遠位優位型・非対称型・限局型・純粋運動あるいは感覚型があります。
小児では、亜急性に発症し、運動症状が優位で、再発寛解型を呈することが多く、発症当初はGuillain-Barre症候群と診断されがちです。一方、幼児期より慢性進行性に筋力低下や筋萎縮を生じ、遺伝性ニューロパチー(Charoot-Marie-Tooth病)との鑑別のむずかしい症例もあります。
検査では、末梢神経伝導検査における脱髄の所見が最も重要です(図1)。髄液検査で蛋白細胞解離が見られます。また脊椎MRIでは、神経根・馬尾あるいは神経叢の肥厚や造影所見が見られます(図2)。末梢神経生検は必須ではありませんが、脱髄と炎症性細胞の浸潤(図3)があれば診断が支持され、他の疾患との鑑別に有用です。診断にあたっては、遺伝性ニューロパチー、全身性疾患(膠原病、血管炎、悪性腫瘍など)に伴うニューロパチー、薬物や毒物によるニューロパチーなどを除外する必要があります。
図1. CIDP症例の尺骨神経伝導検査所見
図2. CIDP症例の腰椎造影MRI
図3. CIDP症例の腓腹神経生検所見
治療・最近の動向
治療としては、副腎皮質ステロイド薬、経静脈的免疫グロブリン療法、血漿浄化療法の3つがfirst lineとされます。小児では、血漿浄化療法は施行しにくく、ステロイド薬または免疫グロブリン療法を選択することが多いです。難治例では、シクロスポリン・サイクロフォスファミドなどの免疫抑制剤が投与されることがあります。また、Bリンパ球を選択的に除去するリツキシマブなどのモノクローナル抗体や、他の自己免疫性疾患で使用される免疫修飾薬による治療の試みが始まっています。
一般に小児例は成人例よりも予後が良いとされます。亜急性に発症し、免疫学的治療に非常に良く反応して、再発することなく短期間に治癒する症例も見受けられます(subacute inflammatory demyelinating polyneuropathy)。しかし運動・感覚障害を後遺する患者や、成人期に至っても治療継続を必要とする患者も存在します。当科の経験では、治癒して治療が終了できた患者が7例、治療継続下に寛解を維持している患者が3例、治療抵抗性で筋力低下や感覚障害を認める患者が2例です。経過が長期にわたる患者では、治療による副作用に注意するとともに、整形外科的管理やリハビリテーション、社会的な支援を行う必要があり、脳神経内科・整形外科・リハビリ科に加え、臨床心理士やソシアルワーカーとの連携も必要です。
当院で行っている臨床研究・実績など
当科では脳神経内科と連携して、CIDPをはじめとする小児の末梢神経疾患の的確な診断ならびに治療に努めています。