2014.07.01
私たちは、昨年度、「他医療機関からの依頼を断らない」という方針を立て、現在まで、不十分ながらも、民間医療機関や関連機関との信頼関係を少しずつ、強固なものにしてきました。今年度からは、そうした関連機関との信頼の上に立ち、病院を使う人、すなわち、患者さんに納得していただける質の高い医療を作っていくことを目標に掲げます。
医療の質を高めるためには、第一に、個々の職員の技量とモラルを高める必要があります。医療に直接携わる専門職については、研修会やOJTを通じて、精神科医療に必要な知識・技術・モラルの向上に努めていきます。これと並行して、病院経営や組織運営に関するノウハウの蓄積も、公立病院として喫緊の課題です。日本の医療は長い間、手厚い保護を受けた安全業界であったため、特に、公立病院においては、専門的な経営ノウハウの蓄積にほとんど注意が払われてきませんでした。しかしながら、医療財源の枯渇が現実の不安となりつつある今日、公立病院を素人集団が運営し、生じた赤字は税金で埋めるという方法では、将来の展望がありません。
医療の質向上のために重要な第二の課題は、開かれた組織を作ることです。社会に開かれた組織を作り、常に厳しい社会の視線に身をさらしながら仕事をすることは、私たちが提供する医療の質を変えるはずです。法律によって身分を守られた公務員である私たちが、常識ある社会人でなくては、不安定な雇用で必死に生きている精神科の患者さんの社会復帰支援などできるわけはないのですから。一朝一夕にできることではありませんが、医師をはじめとする専門職の任用制度、人事制度を含めて、一般社会の常識に近づける必要があります。仮に、一公立病院の立場ではそれができなくとも、私たちの組織がどのように運営され、私たちがどのように働いているかをオープンにすることなら、その気になれば明日にでもできます。ホームページや講演会を通じた情報公開と同時に、様々な教育機関の実習を引き受けたり、他の医療機関との交流を重ねたりすること、あるいは面会にみえたご家族に、できるだけ病棟内に入っていただき、病室で面会をしていただいて病院内の様子を感じていただくこと、たくさんのボランティアの方に病院内で活動していただくことも有効な方法であろうと思います。
第三に、開かれた組織運営をさらに進めて、さまざまな方法で自分たちの仕事を評価することが必要です。松沢病院では、都立病院が毎月継続している退院患者アンケートに加え、2年前から1年に1度、全入院患者さんを対象としたアンケートを実施しています。拘束や隔離を受けた記憶が生々しい患者さんの訴えは、私たちの心に鋭い刃物のように突き刺さります。こうした声に耳をふさぎ、「病気だから仕方ない」、「治療のためだから仕方ない」と言っていたら何も変わりません。たとえ、拘束や隔離が必要だとしても、その時は、患者さんの近くにいて、怒鳴られ、なじられ、時につばを吐きかけられてもそこに座り続ける覚悟のできた職員を育てたいと思います。
昨年度から、患者さんのアンケートと並んで、医療、看護、法律の専門家からなる第三者評価委員会をお願いし、病棟内の様子を評価していただき、それに基づいて、現場の職員と話し合いを持つという試みも始めました。コストがかかることなので一気に全病棟に拡大することはできないのですが、昨年度、認知症病棟だけに導入したこの方法を、今年度は、社会復帰病棟にも拡大し、さらに、病院全体に拡げていきたいと考えています。
最後に、私たちの目標を達成するためには、病院を利用する患者さん、ご家族、あるいは一般都民の皆様にも、世界に類を見ないわが国の国民皆保険制度を維持し、発展させていくために応分の責任分担をお願いしなければなりません。医療制度は医療提供者だけががんばって守るものではありません。国民皆保険の恩恵に浴している私たち日本国民全員が、節度を持った受療行動をする必要があります。松沢病院の目標は、先着○○名様に最高の医療を提供することではなく、松沢病院の医療サービスを必要とする、できるだけ多くの都民に、可能な限り質の高い医療を提供することです。
「患者さんに選ばれる病院」を作るという目標に近づくために必要な、3つの課題についてお話をしました。これから先、私たちは組織を挙げてこの目標に向かって努力を続けていかねばなりません。皆様のご指導ご鞭撻を切にお願いする次第です。