こころの健康を守るために~眠れない、なんだか悲しい、そんなときどうする?~

10月10日は
世界メンタルヘルスデーです

眠れない、なんだか悲しい、そんなときどうする?

残業続きの毎日、反抗期の子どもは口もきいてくれない、ご近所には苦手な人が……と、つらいことや不安なことがこころに重くのしかかることは多々あります。現代社会ではストレスから無縁に生きていくのは難しいといえます。では、降りかかったストレスを上手にかわし上手に発散するにはどうしたらよいのでしょう。こころの健康を守るためのコツを、東京都立松沢病院 精神科部長の今井淳司先生にききました。

都立松沢病院
精神科 部長
今井 淳司

今井部長 写真
専門分野:司法精神医学/動機づけ面接

注目情報松沢病院 | 東京都立病院機構 (tmhp.jp)

最近よく耳にするメンタルヘルスとは?

「メンタルヘルス」は日本語にすれば「こころの健康」といい、とても広い概念です。
私たちは身体の健康を保つために、ジョギングをしたりジムに通ったり、食事に気をつけたりしています。それと同じようにこころの健康を保つためにも、さまざまなことに気をつけなくてはいけません。身体とこころのどちらも健康であるように整えていくことが大切です。

現代はストレス社会といわれています。社会生活を送っていれば、多くの人とかかわることになり、ときにはこころが疲れてしまうことがあります。一方で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大をきっかけにIT化が進み、人間同士のリアルな結びつきが少なくなったことで、孤独を感じる人が増えてきたようにも思います。人と人が接することで生じるストレスもあれば、人との関係性が途絶えることで感じるストレスもあります。そういったさまざまなストレスに対処し、本格的な病気にならないようにメンタルヘルスを維持する活動が大切なのだといわれています。

メンタルヘルスを良好に保つために、仕事と仕事以外の時間のバランスを調整し、どちらも充実した生活を目指す「ワーク・ライフ・バランス(ライフ・ワーク・バランスともいう)」という考え方が広まっています。長時間労働によって、むしろ仕事の生産性や質が落ちてしまうことがあります。その上、長時間労働、休日出勤などが続くと身体だけではなくこころにも疲れが蓄積してしまいます。そのような生活を長く続けていくことで、本格的な治療が必要な状態になったり、ほかにもつらい症状がでてきたりします。

このような状態にならないためには、やはりストレスをためない、ストレスがたまったら解消することが大切です。デスクワークで身体的な負担は大きくないもののプレッシャーが大きい仕事でこころが疲れている場合は、休日はジムで汗を流してみるなど身体を疲れさせることでバランスがとれるかもしれませんし、ストレスが軽減するかもしれません。また何か楽しめる趣味があるのもいいですね。

こころの不調のサインに気づきましょう

こころの不調の最も顕著なサインは「不眠」です。ストレスを抱え込んでいると「もう寝なくてはいけない」と思っても、翌日の仕事などやらなければならないことが頭から離れなくなり、脳が覚醒してしまって眠れなくなります。

また、こころが疲れてくると、頭の中で考えがまとまらなくなったり、決断ができなくなったり、集中力がなくなったりします。そのため、新聞や本を読んだりテレビを見たりしても楽しめず、内容が理解できなくなる人がいます。

ほかに料理を作ることができなくなることもあります。献立を考え、材料を用意し、手順に沿って調理するということができなくなるのです。また、食べるほうでも、食事に対しておいしさや楽しみを感じなくなることがあります。食事を単に栄養を摂取する手段と考えるようになってきたら危険です。

部屋を片付けられなくなっていくのもこころの不調のサインの一つです。片づける余裕がなくなってしまっていたり、「綺麗にする」ということに興味がなくなっていることが多いのです。

内容が頭に入ってこないと思い悩む男性のイラスト

これらのサインが見られるときには、表情が乏しくなっていることでしょう。「笑顔がなくなった」「思い詰めた悲しい表情をしている」「気難しい目つきをしている」「イライラと怒りっぽくなった」などは周囲の人が気づいてあげられるサインです。

こころの不調のサインに気づいたら

こころの不調に気づいたら、精神科・心療内科などを受診してください。こころの病気も身体の病気と同様に早期発見・早期治療のほうが、回復までの時間が早い傾向があります。最近は、有名人がSNSなどを通して自身のうつ病体験などを発信しているので、精神科の敷居が少し低くなってきたように思います。つらい症状があれば病院を受診してください。

一方、本人に自覚がなく周囲の人が気づいた場合は、いきなり受診を勧めるのではなく、じっくり本人の話を聞いてあげることが大切です。つらいと感じていても言語化できずにもやもやしていることが少なくありません。そんな状況下にある人に対しては「最近、落ち込んでいるようにみえるし、食欲もなさそうだけれど何かあったの?」と話しやすい雰囲気をつくってあげるとよいでしょう。こころのうちを話すことで、つらさを一人で抱え込まずにすみ、さらには本人の頭の中も整理されます。その結果、病院を受診しなくても、なんらかの解決策がみえてくることがあります。

ストレスを違う角度から見るトレーニングを

同じような環境にいながらこころが疲れやすい人とそうでもない人がいます。その違いは物事のとらえ方の違いによります。そして、物事のとらえ方はトレーニングで変えることができます。

うつ病の治療に「認知行動療法」というものがあります。これは自分の物事のとらえ方(認知)の癖を知り、もし、極端な認知をしていたら、現実に即した一般的な認知へと調整することで、ストレスの軽減を図る心理療法です。このとき物事の捉え方を調整するだけではなく、実際に行動に移すことで「心配しすぎだった」と実感できることがあります。日ごろから自分の認知の癖を知り、悲観的な方向に考えがちな人は別の角度から物事を見ることができるようにトレーニングしていきましょう。

「私の能力が劣っているから部長は怒っている」と考える吹き出しと「部長、今日は機嫌が悪いんだな」と考える吹き出しのイラスト

たとえば、職場で上司から納得がいかない叱責を受けたときでも「私の能力が劣っているからだ」と悲観的に考えるか「部長、今日は機嫌が悪いんだな」と感じるかではストレスの受け方がだいぶ変わってきます。前者のように全部自分の責任と考えるのではなく、周囲の状況をみて、別の角度から意識的に物事を見ることができるようになるとストレスが軽減されます。

ドクターからのメッセージ~自分のトリセツをつくろう

ストレスはいきなり降りかかってくることもあるので完全になくすことはできませんが、少しでもストレスの影響を少なくするためには、自分の取扱説明書(トリセツ)を用意しておくといいですね。ふだんのメンタルの状態を点数で設定し、それを基に「今は何点下がった」とか「これ以上下がるとこころの危険水域だ」と、自分のことを客観的に見ることができるようになると、危険水域に踏み込まずにすみます。

自分のトリセツと照らし合わせて、こころが疲れていると気づいたらしっかり休んでみたり、気持ちがリラックスできる趣味の時間をつくったりするといいと思います。ストレスはためない、たまったら発散することでこころの健康を保てるといいですね。

最終更新日:令和6年9月30日