2001.6月号
当科は常勤者が院内にいる限り、急患をお受けするのを原則としております。常勤3人で代わるがわる急患当番を決めており、月にそれぞれ7日ほどの頻度となります。急を要する症例の場合は外来に繋がったら「今日の急患係を頼む。」とおっしゃって下さい。
ゴールデンウィークも明けたある日のことでした。私が急患当番でした。大森歯科医師会連携医から男性患者さんをお受けしました。左上顎大臼歯の頬側歯肉がやや腫脹しておりましたが、ご本人に自覚症状は全くありませんでした。化膿性炎症像とは明らかに違う、嫌な印象を受けました。パントモ上では、臼歯部から上顎洞にかけて大きく骨が吸収されているのがみてとれました。恐らくは上顎洞原発の悪性腫瘍であろうと、市川医長とも意見が一致しました。患者さんは高齢で奥さんが付き添っていました。二人とも悪いものとは夢にも思っていらっしゃらない表情でした。年齢から考えて、外科的な対応より、放射線や化学的な対応がファーストチョイスと判断し、然るべき医療機関にご紹介いたしました。
続いてもう一人急患を受けました。働き盛りの男性でした。朝、気が付くと左の頬部粘膜に黒い斑点が2つあるのを発見し、やや痛みも伴うので心配になり、職場を早退して奥さん付き添いで当科に飛び込んできたものです。ご夫婦で重大な審判が下るのを待っているような固い表情でした。私が診たときには斑点は一つになっていました。頬粘膜を咬んだことによる、いわゆる'血豆'でした。「癌ではありません!」と直接的に説明して安心してもらい、お引き取りいただき ました。
悪性腫瘍は自らの体組織から発生したものだからでしょうか、初期の頃には痛みもなく、患者さん自身が気づくことは稀であります。冒頭の患者さんの場合 も、口腔内症状としては比較的早い段階で連携医の方がご紹介下さいましたが、上顎洞部分は深く静かに増悪しておりました。ご紹介いただいた先生には手紙で はなく、取り急ぎ電話でご報告申し上げました。
口腔内に発生する悪性腫瘍は全体の4~5%であるといわれております。歯科連携医の増加のおかげでご紹介いただく患者さんは徐々に増えつつあります。