2009年1月号 抗血栓薬服用中

2009.1月号

 「歯科医、抗血栓薬服用中と知らず抜歯し、患者失血死!」といった新聞見出しをご覧になったことがありますか?私はありません。
以前のワーファリン(ワルファリンカリウム)の効能書きには、小外科手術、抜歯などの際は投与量を半減するか中止が望ましい(現在では手術や抜歯をする際には事前に主治医に相談する)、と書かれていました。
 今までに数多くの抗血栓薬服用中の患者さんの抜歯をしてきました。埋伏知歯などの難抜歯を除き、服薬を事前に中止したことはなく、術後の遷延性出血に難儀した経験もほとんどありません。逆に、抜歯をすることを知った主治医が、ご親切に気を回して、服用を中止して下さった結果、抜歯の前日に脳梗塞の再発作に見舞われた患者さんを2例経験しています。
 われわれ歯科医は抜歯後出血に対し、圧迫、結紮、レジン床副子による圧迫等々、いろいろな止血手段をもっています。下歯槽管を切った動脈性の出血ならともかく、普通の抜歯窩から一晩で命が危うくなるほどの失血は起こりえません。抗血栓薬を服用する患者さんは歯周病の方が多く、抜歯も比較的容易なものがほとんどです。もちろん健常な方よりは止血しにくい傾向は見られますが、止血が後手に回ったとしても、何とか対処ができるはずです。
 脳梗塞発作は後手に回れません。
 すでに四半世紀以上前に式守先生(名古屋大学口腔外科大学院生・当時)という方が、約200人におよぶ抗血栓薬服用患者に薬を止めずに抜歯を行って、圧迫と結紮のみで重大な後出血は来さなかった、という単純明快な学位論文が世に出ているのです。お医者さんにもわれわれにもよく知られていません。当院に開院の頃からの同僚の医師達は私の主張を理解し、休薬せずに当科に抜歯依頼してくれます。
 血液凝固の機序は非常に複雑です。何度かメカニズムを理解しようとしましたが、根が続かず途中で投げ出しました。抗血栓薬にはこの機序のいろいろなところに作用して、効果を発揮する訳で、薬によっては休薬したとしても、すぐには凝固能が元に戻らないものも少なくありません。
 本項をお読みの医科連携医の方も多いと思います。抗血栓薬を投与中の担当患者さんが抜歯をすることになりましたら、是非ともご遠慮なく当科にご相談下さい。別の機会に詳しくご紹介するつもりですが、骨粗鬆症に対する薬を服用中の患者さんの抜歯後、顎骨の骨髄炎を来すという報告が多くなってきています。顎骨は身体の他の骨と違い、外気やバイ菌にさらされる危険性の多い骨です。頭の隅にとどめておいていただければ幸いです。
 次号は是非とも読んでいただきたい文章を掲載予定です。最後になりましたが、2009年あけましておめでとうございます。本年も当科と当院をよろしくご支援下さい。

【参考文献】
式守道夫:経口抗凝血薬療法患者の口腔観血処置に関する臨床的ならびに凝血学的研究―特に維持投与下での抜歯について-、日口外誌、28:1629~1642、1982.

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