2008.9月号
近年のインプラント技術の発達と普及には目を見張るものがあります。当科でも公社化された2年前より難症例に限り、長谷川医長が中心となって実施しています。症例を選び、適正に適用すれば、他の補綴方法と比べて遙かに違和感がなく、咬合機能の回復も優れています。が、反面、施術を誤ると種々の問題が発生します。幸か不幸か、大学卒業直後から現在まで30年以上にわたり、問題症例を目にする立場に置かれてきました。
古くは大学のオペ室で全身麻酔をかけていた頃です。年に何例か、チタン製のブレードタイプのインプラントが生着せず、周囲の顎骨が大きく吸収してしまった症例に接しました。全麻下にこれを除去し、欠損部分を腸骨から移植する大手術を目の当たりにしました。
人工歯根が下歯槽管に触れてしまい、下口唇麻痺を来した方の相談を受けることもあります。インプラントを外せば改善が期待できるのでは?と問われますが、更に神経を傷つける可能性も大で、返答に窮します。
本来天然歯があった位置より舌側にインプラントが植わったため、それが絶えず気になって精神的に不穏になってしまった患者さんも経験しました。小さな虫歯のセメント仮封さえ気になって、絶えず舌がいってしまいます。適正なインプラントを遂行するには、外科的な知識だけでなく、正しい舌房の形態という補綴学的素養も不可欠だと痛感します。
不思議なことに、患者さんはインプラントを行った術者にクレームをつけません。何の罪もない私にそれまでの恨み辛みを訴えます。日本人は不思議です。我が国も弁護士の数が増えると聞きます。これからはこの傾向も変化しそうです。
歯を失うには理由があります。しっかりと顎骨に生着してしまったインプラントは容易に取り出せません。インプラントに取りかかる前には、患者さんのそれまでの口腔衛生概念を一変する程の意識改革が必要と思います。正しく歯磨きできない患者さんに対し、インプラントが安易に行われている傾向がないでしょうか・・・。
看護や介護に携わる方々に歯周病が少なくないと前号で触れました。部分入れ歯の管理を適正に行えない老人ホームも多いです。インプラントを含めた複雑な装置の管理など望むべくもありません。皆、順番に高齢者になってゆきます。身の回りの世話に口が入らない現実を考えると、これらの方々の行く末が心配です。
オペ室ではどんな小さな手術を行う際でも必ず呼吸、循環のモニターをします。抜歯をはじめとして歯科治療は小外科的な行為が多いのに、ほとんどはモニター無しで行われています。結果オーライですが、ホメオスターシスの偉大さのおかげではないでしょうか?治療行為とは生身に何らかの侵襲を与えるものだ、という畏れを強く感ずるこの頃です。