2001.12月号
今月は、昨年経験した一生忘れがたい腫脹症例をご紹介いたします。
患者さんは中年の男性で、大田区の歯科連携医からご紹介いただきました。右頬部から下顎、頸部にかけて大きく腫脹しておりました。口腔内状態は劣悪で、 残根が多数放置されており、これらが原因の蜂窩織炎であろうと初診時には考えました。抗生剤の経口投与では消炎困難と判断し、即日入院させてセフメタゾー ルナトリウム(セフメタゾン)2gとクリンダマイシン(ダラシンS)600mgの点滴投与を1日2回開始しました。
入院3日ほどで頬部から顎下部までの腫脹は小さくなりましたが、頸部の腫脹が1週間経っても消退しません。それどころか、再び増悪する傾向をみせ始め、 体温も38度台に上昇しました。使い慣れた抗生剤が効果を顕わしません。通常の蜂窩織炎の入院患者さんがたどる経過とは何か違います。
入院8日目に、もしやと思いツベルクリン反応を行ったところ、2時間も経過しないうちにツ反部
位を中心に発赤が広がり始め、1日後には90×70mm の強陽性を示すに至りました。さらに、時間の経過とともに、前腕部全体が赤く腫れ上がって、注射部位は硬結、水疱を形成し、皮膚科の応援を求めなくてはな らないほどになったのです。ツ反の1日後、患部からの膿と胃液より結核菌が検出されました。齲歯の放置による蜂窩織炎も合併した結核性リンパ節炎でした。
患者さんの表情には生気がみられず、動作や受け答えにはぎごちなさが感じられました。詳しいことは省きますが、精神科、神経内科に対診の結果、反応性う つ病の上に若年性のパーキンソン病をも有していることが分かりました。全身を精査しましたが、結核菌が口腔内原発のものなのか、別の部位からの由来なのか は特定できませんでした。患者さんは失業中で、感染の背景には極端な低栄養状態による身体抵抗力の低下があったと考えられました。内科より投与された抗結 核薬イソニアジド(イスコチン)、リファンピシン(リマクタン)により、リンパ節炎は3、4ヶ月ほどで消失いたしました。恐らく2度と関わることのないで あろう抗生剤です。
結核予防法に基づく患者申請書なるものを手にしたのも初体験でした。また、入院継続のために生活保護申請をする際には、当院連携室のケースワーカーさん 達に大きな支援を受けることができ、患者さんのご家族も喜んで下さいました。さらに、内科をはじめ神経内科、精神科、皮膚科、耳鼻科の院内各科から絶大な ご支援ご協力をいただき、当院の院内連携のありがたさを痛切に感じた次第です。
沢山の紹介患者さんの中に、このようにコラムでご紹介したくなるような症例が少なくありません。難しくなった歯科医師国 家試験をくぐり抜けた当科の研修医は興奮気味に「珍しい疾患の特徴を国試対策で沢山詰め込みましたが、その実例を沢山みられてうれしいです!」と目を輝か せる毎日です。
激動であった21世紀最初の年もあとわずかで暮れようとしております。今年も数多く、いろいろな患者さんをご紹介いただき、エキサイティングな毎日をありがとうございました。来年も当院当科をどうぞよろしくお願い申し上げます。
連携医の皆様、どうか良いお年をお迎え下さい。