2008.7月号
「歯学部って、歯学部教授が一人で学生を教えているんですか?」看護師さんから聞かれました。総合病院での生活が永い私は、のけぞるほどびっくりはしませんでした。日本歯科医師会雑誌5月号にも書きましたが、医療系でありながら歯科界はよく理解されていないのが現状です。医学部と同じくいろいろな講座があることなど知られてはいません。ほとんどの医学部や看護学校で歯科学は必修ではありません。熱心に勉強してもらえない分、お医者さんをはじめとした医療関係者の方々に歯周病のひどい人が目立ちます。夜勤や救急などの不規則勤務のため、歯の回りに付いた歯垢をそのままにして寝てしまうことが多いからです。喫煙者も少なくありません。熱いたばこの煙が口腔内に充満すれば、歯垢はさらにしっかりと歯の回りにこびりつきます。日常茶飯で患者さんに手術や注射をしている割には、歯科恐怖症も多いようです。残根だらけの入院患者さんに、1週間後には入れ歯をつくり、経口摂取ができないか、と照会されることも稀ではありません。
医療関係者でもこのような認識度ですから、一般の方々とわれわれとの、歯科に関する常識のギャップはさらに大きいものがあります。以下にいくつか例を挙げます→
- パントモX線撮影の間中、ずっと息ごらえをしていた患者さん。撮影室のドアを開けたとたん、転がるように出てきて、大きく何度も息をつきました。胸部X線撮影では大きく息を吸って止めますが、歯科では必要ありません。
- 上下の新義歯をセットしたての患者さん。よく噛めません。なんとか噛めないかと、1代前の入れ歯の片方と、新しい義歯の片方とで必死に食事を試みられました。よく噛める義歯に出会うためには、つくる方もつくられる方も根気と忍耐が必要だと懇々と説明したのでしたが・・・
- 「コンチしたと言ったのに、仮のセメントを詰めただけで痛みも取れない。あの先生はひどい!」と当科に飛び込んできて言い立てた急患の方。もちろん、根管治療なるものを説明し、フォローしました。
- 座薬を正座して服用したお年寄り。非常に油臭くてのみにくかったそうです。
保険解釈ための「青本」は法律書と同様に難解です。RBC,WBC,ECG,DM等々、当科に入りたての研修医は医学略語辞典で医科の専門用語に慣れることから研修が始まります。医科からの返信に耳慣れない略語が書いてあると、読解に苦労します。逆にPやPul、Per、Extといった我々だけが分る符丁を医科の先生には使用しないことです。右下第3大臼歯などと歯式表現すら使わない方がよりよいでしょう。
携帯電話など使えそうもない、付き添いなしのお年寄りに、予定する治療を説明し、インフォームドコンセントを得ようと試みる時。飛行機に弓矢を向けるアマゾンの原住民に、操作しやすい当院の日立電子カルテシステムを教える以上の困難さを感じます。
ある人が「ゆでたまご」と入力したら「茹でた孫」と変換されたそうです。常識のない機械相手であれば笑い話ですが、いろいろな常識の人に、自分だけに分かる言葉で説明していると心の行き違いが生じます。
P.S.当院放射線科あてにインプラントや矯正目的でCT,セファロの依頼がありますが、ご存知のように私費治療の範疇です。あらかじめ患者さんにご説明の上、ご紹介下さいますようお願いいたします。