2012年5月号 ワーファリンと抜歯 その1

2012.5月号

 抗凝固薬のワーファリンは1962年に承認された息の長い薬です。つまり医者と患者双方にとって使いやすく信頼できるものである証だと思われますが、歯科の分野では昔より抜歯の前には休薬することが教科書的な対応でした。歯科医側は抗凝固作用というぐらいですから、抜歯後に止血できないかもしれないと考え、医科の先生に服薬の調整をお願いしていました。照会された内科の先生も抜歯の出血がどの程度のものか不明ですから慣習的に中断、減量を勧めていたこともあったことでしょう。長年にわたるこの慣例は抜歯の数日前に薬を調整するという煩わしさにも拘わらず見直されることはありませんでした。患者さんの方が勉強熱心で、誰にも言われていないのに「抜歯するのでお薬を止めています」と気を利かせて来院される方もいらっしゃいます。

 ところがある時期から抗凝固剤を継続していても抜歯後の処置をきちんと行えば(創部の縫合など)多くの場合止血困難になることは少ないということが経験的に分かってきました。研究論文においても後出血の発生率は増加しないことや、逆にワーファリンを中断することによって1%の割合で血栓・塞栓症が再発するというデータも報告されるようになりました。国内では2005年頃からガイドラインにおいて、内服継続下での抜歯が望ましいと提言されています。それでも先日、ある施設で脳梗塞再発の患者さんが抜歯の数日前にワーファリンを中止していたという話を耳にしました。多少の止血困難よりも塞栓症の再発を避けなければなりません。普通抜歯(親知らずなどの難抜歯以外)については抗凝固薬を継続服用して行われることが原則であることを医科・歯科双方で共通の認識にしていただきたいと思います。

 さて、このような方針であまり問題が起きないことに慣れてきた頃の私自身の失敗談を次回お話いたします。

歯科コラム